AI企業への依存を減らせ 企業が取り戻そうとする「AIの主導権」
英ベンチャーキャピタルAir Street Capitalの創業者で、AI業界の年次報告書「State of AI Report」の著者でもあるNathan Benaich氏は、10月29日公開のポッドキャストで、企業のAI戦略に変化が起きていると指摘した。米OpenAIや米AnthropicなどのAI企業に任せきりにせず、自社でAIの使い方を管理しようとする動きが強まっているという。
その背景には、AIの利用料金の急増と、特定のAI企業に依存する経営上のリスクがある。企業は高性能なAIを使い続けながら、用途に応じて安価なモデルに切り替えたり、自社専用のモデルを開発したりするようになった。
もっとも、すべての企業が自社モデルの開発に向かっているわけではない。むしろ大企業では、外部のAIモデルを複数組み合わせて利用する動きが広がっている。企業が取り戻そうとしているのは、AIモデルの所有権ではなく、どのAIをどのように使うかを自分で決める主導権だ。
最先端AIへの支払いは10倍、それでも利用は分散
企業のAIの使い方が変わっていることを示すデータがある。
AIアプリの開発基盤を提供する米Vercelが10月15日に公表したデータによると、同社のサービスを経由した最先端AIモデルへの支払いは、2026年9月に2025年12月の10倍に増えた。
一方、AIが処理したデータ量を示すトークン数で見ると、最先端モデルが担う割合は同じ期間に9割超から3割弱へ低下した。代わって処理の71.5%を担うようになったのが、モデルの重みが公開され、企業が自社で運用することもできるオープンウェイトモデルだ。こちらは大量の処理を引き受けながら、支出に占める割合は23%にとどまった(IT Brief)。
企業は、高価な最先端モデルにすべての仕事を任せるのではなく、比較的簡単な仕事は安価なモデルに任せ、難しい仕事には最先端モデルを使うようになっている。
AI企業の乗り換えも増えた。9月には一定量以上を利用する顧客のほぼ3分の1が、最も多く利用するAI企業を前月から変更していた。
こうした動きは大企業にも広がっている。米ベンチャーキャピタルAndreessen Horowitz(a16z)が世界の大企業100社の幹部を対象に実施した調査では、開発元が異なる3種類以上のAIモデルを併用する企業が81%に達した。1年足らず前の68%から大きく増えている。
AI利用料が利益を圧迫、自社モデルで対抗
企業がAIの使い方を見直す最大の動機の一つがコストだ。
特に影響が大きいのは、AIを使ってサービスを提供する新興企業だ。AIエージェントは、一つの仕事を終えるまでに何度もAIモデルを呼び出す。利用が増えれば、それに伴ってAI企業への支払いも膨らむ。AIの利用料金が原価の大部分を占める企業にとっては、モデルの選び方が収益を大きく左右する。
法律業務向けAIを提供する米Harveyは、その典型例だ。ブルームバーグ通信によると、同社は3月にAIエージェントを更新した後、利用が急増した。今年に入ってトークン使用量は20倍に増え、粗利益率は年初の約50%から6月には約マイナス50%まで悪化した。サービスを使ってもらうほど赤字が膨らむ状態に陥ったことになる。
Harveyが選んだのは、外部の最先端モデルへの依存を減らすことだった。同社は8月、中国のAI新興企業Moonshot AIが公開したオープンウェイトモデル「Kimi K3」を土台に、自社モデルを開発した。その後、粗利益率はプラスに戻ったという。
もっとも、HarveyがAnthropicのモデルを使わなくなったわけではない。最も難しい業務には今もAnthropicの最上位モデルを利用している。自社モデルですべてを置き換えるのではなく、仕事の難しさに応じて使い分けているのだ。
同様の動きは、顧客対応AIを提供する米Decagonにも見られる。同社は問い合わせの80%を自社モデルで処理している。共同創業者のAshwin Sreenivas氏によると、商用のクローズドモデルからオープンウェイトモデルに切り替えた処理では、費用が従来の1/5から1/7で済むようになった(New York Times)。
こうした企業にとって、自社モデルの開発は単なる技術力の誇示ではない。AIの利用料金を抑え、利益を確保するための経営判断だ。
Benaich氏は、もう一つの動機も指摘している。自社の重要業務に必要な機能を、外部のAI企業が開発してくれるまで待つ必要がなくなることだ。オープンウェイトモデルなら、自社のデータで追加学習し、業務に合わせて性能を改善できる。
突然使えなくなる、競争相手になる――AI依存のリスク
企業がAIの主導権を取り戻そうとする理由は、コストだけではない。特定のAI企業に事業を依存させること自体が、経営上のリスクになり始めている。
その一つが、利用しているモデルを突然使えなくなるリスクだ。
Anthropicは6月12日、米商務省の輸出規制に従い、最上位クラスのモデル「Fable 5」と「Mythos 5」の提供を停止した。規制が解除され、提供を再開したのは7月1日だった。米経済誌Fortuneは、この出来事が企業に単一のAI企業への依存を見直させたと報じている。
プログラミング支援AIの米Cursorも、米SpaceXによる買収が完了した1週間後に、OpenAIからモデルの提供を止められたと報じられた。自社サービスの中核を外部のAIモデルに頼っている企業にとって、供給停止は事業の継続そのものを脅かす。
AI企業との関係が変わるリスクもある。
契約書レビューAIを提供する加Spellbookは、Anthropicが法律事務所向けの「Claude for Legal」を投入したことで、同社と競合する立場になった。Spellbookはこれを受け、AIへの支出の多くをOpenAIに移したという(Forbes)。
AI企業は、顧客に技術を提供するだけでなく、顧客が手がける事業に直接参入する可能性がある。外部のAIに自社の重要業務を任せる企業は、将来の競争相手に事業の一部を依存することにもなりかねない。
データの扱いも問題になっている。Anthropicが6月に最上位モデルとの対話記録を30日間保存する方針を打ち出した際には、機密情報の管理を懸念する企業から反発が起きた。コンサルティング大手の米Booz Allen Hamiltonは、同モデルの社内利用を制限したと報じられている。
米MicrosoftのCEO、Satya Nadella氏は7月、企業はAIに「2度払っている」と警告した。1度目はAIの利用料金、2度目はAIを自社業務に役立てるために提供する社内の知識やノウハウだという。
AI企業への依存が深まるほど、企業はコストだけでなく、事業の継続性や競争力、自社データの管理まで相手に左右されることになる。
自社モデルを持つ企業、持たない企業
こうした問題への対応として、自社モデルを開発する企業が増えている。しかし、それがすべての企業にとって合理的な選択とは限らない。
HarveyやDecagonのように、AIの利用料金が原価の大部分を占める企業なら、モデルの開発や運用に投資しても、利用料金の削減によって回収できる可能性がある。
一方、一般の大企業では事情が異なる。AIは数多くの業務を支える技術の一つであり、すべての企業がモデル開発の専門人材や設備を抱える必要はない。
実際、a16zの調査では、大企業の間でオープンウェイトモデルよりクローズドモデルを好む割合が2024年3月から上昇を続けている。自社でモデルを微調整する動きも弱まり、外部のモデルを用途に応じて使い分ける方向に進んでいる。
米ベンチャーキャピタルMenlo Venturesが2025年12月に公表した調査でも、企業が導入したAIの仕組みの76%は、自社開発ではなく外部から購入したものだった。
Anthropicに出資するMenlo Venturesのパートナー、Matt Kraning氏は、「自社モデルを持つかどうかは、そもそも問いが間違っている」と指摘する。自社モデルを開発・運用するには専門人材が必要であり、追加学習に利用できる独自データも欠かせない。
大企業にとって重要なのは、モデルを自社で開発することではなく、必要に応じて適切なモデルを選び、切り替えられることだ。
ところが、多くの企業はまだその体制を整えられていない。
米IBMが16カ国の経営幹部1000人を対象に実施した調査では、91%がAIのベンダーやモデル、インフラへの依存関係を十分に把握できていないと回答した。71%は主要なAIベンダーの切り替えが難しいと答え、高度な管理体制を持つ企業はわずか7%だった。
日本企業も例外ではない。依存関係を十分に把握できていない割合は89%、ベンダーの切り替えが難しいと答えた割合は69%に達した(日本IBM)。
複数のAIモデルを利用する企業が増えても、どの業務がどのモデルに依存しているのか分からなければ、必要なときに切り替えることはできない。AIの主導権を取り戻すには、モデルの選択だけでなく、その利用状況を管理する仕組みが必要になる。
次の競争は「AIを誰が管理するか」
ここに新しい事業機会が生まれている。
企業が複数のAIモデルを使い分けるには、どのモデルに仕事を任せるかを選び、利用料金やデータの流れを管理し、必要に応じて別のモデルに切り替える仕組みが必要だ。
米Amazonの「Amazon Bedrock」は、複数企業のAIモデルを一つの窓口から利用できるサービスを提供している。第1四半期の顧客支出は前年同期比170%増えたという(Fortune)。
企業が自社設備でAIを運用するためのサービスも広がっている。米Palantirと米NVIDIAは3月、企業が自社の設備でデータやAIモデルを管理できる基盤を発表した。オープンウェイトモデルの運用を請け負う米Together AIは7月に8億ドルを調達し、年換算の受注額は11億5000万ドルを超えた(TechCrunch)。
国内でもNTT西日本が9月、NTTの国産AIモデル「tsuzumi 2」を企業内のサーバーで動かす製品の提供を始めた。
これらのサービスは仕組みこそ異なるものの、外部のAI企業にすべてを任せず、企業が自社の業務やデータに合わせてAIを利用できるようにする点で共通している。
Benaich氏も、今後の焦点は企業が自らAIを管理するかどうかよりも、誰がその管理を最もうまく提供できるかにあると指摘し、Palantirやオープンウェイトモデルの運用企業を候補に挙げた。
これまでAI業界の競争は、どの企業が最も高性能なモデルを開発するかに注目が集まってきた。しかし、企業が複数のAIを使い分ける時代には、その選択や運用を支える企業も重要な役割を担うことになる。
最も賢いAIを作る企業が、必ずしも企業のAI利用全体を支配するとは限らない。AIを開発する企業に加え、AIを管理する企業がどれだけ力を持つようになるのか。新たな競争が始まっている。