【AI Innovators Forum 2026レポート】
フィジカルAIは産業をどう塗り替えるのか 〜早稲田大・尾形哲也教授×ロボット議連会長・山際大志郎衆院議員が語る”日本の勝ち筋”〜
2026年10月14日、株式会社エクサウィザーズ主催のカンファレンス「AI Innovators Forum 2026」が開催されました。テーマは「覚悟と熱意」。産官学のトップリーダー40名以上が3会場に登壇し、申込者数は4,000名を超え、浜松町コンベンションホールの現地会場とオンラインのハイブリッド形式で行われました。
本レポートでお届けするのは、ホールAのトップリーダーセッション「フィジカルAIは産業をどう塗り替えるのか」です。登壇したのは、日本のロボット研究の第一人者である尾形 哲也氏(早稲田大学理工学術院 教授)と、AI・半導体・ロボットを含めた経済産業領域の政策を牽引する山際 大志郎氏(衆議院議員・ロボット議員連盟 会長)。モデレーターはエクサウィザーズAI新聞編集長の湯川 鶴章が務めました。研究と政策、それぞれの最前線に立つ2人が「日本の勝算」を縦横に語り合った40分間の議論をレポートします。
生成AIの次は「フィジカルAI」——AIがロボットを動かす時代へ
セッション冒頭、尾形氏はフィジカルAIの現在地を解説しました。米半導体大手CEOが「生成AI、エージェントAI、フィジカルAI」という流れを提示して以来、この言葉は世界的なバズワードとなりました。ロボットの身体能力は急速に向上しており、尾形氏はその進化のスピードを次のように語ります。
写真:尾形 哲也氏(早稲田大学理工学術院 教授)
「100mは8秒で走ります。ハーフマラソンも走ります。身体能力、飛んだり跳ねたりというところでは、ほぼ人間を超えたと言っていい。100mは去年20秒だったのが8秒になり、ハーフマラソンは2時間半だったのが50分になった。まだまだ伸びしろがあると思っています」(尾形氏)
一方で、手先を使った上半身の作業はまだ人間のレベルに届いていないと指摘。それでも、従来の産業用ロボットにはできなかった「タスクに合わせて適応的に動く」作業が出来始めていると言います。
ここで湯川が「以前から産業用ロボットはあり、その制御にAIも使われていた。以前のやり方と今は何が違うのか」と問いかけると、尾形氏は制御方式の転換を挙げました。従来は画像認識や計画立案など一部にAIを使う「認識→モデル→計画→実行」という設計でしたが、現在は生成AIが文章を人間のデータから学習するのと同様に、人間が操縦したロボットの動きをAIが直接学習します。尾形氏はこれを「ロボットがAIを使うのではなく、AIがロボットを使う」イメージだと表現しました。
画像:尾形氏の講演資料より引用
さらに湯川の「ロボットに載っているAIは言語モデルなのか」という質問に対しては、「まず画像と言語の関係を先に学ぶVLA(Vision-Language-Action)モデルがあります。また、運動と世界の関係を先に学ぶWAM(世界モデル)型に言語を後から加える二つのアプローチがあります。」と解説。
尾形氏は、エクサウィザーズの前身であるエクサインテリジェンス時代から同社の技術顧問を務めており、当時のデモが現在のフィジカルAIと同じアイデアだったことも紹介。湯川も、米半導体大手のCEOが海外のイベントでエクサウィザーズのロボットの取り組みに言及していたエピソードに触れ、「世界的に有名になったと思ったが、少し早すぎたのかもしれない」と振り返りました。尾形氏は現在、国の支援を受けた「AIロボット協会」の理事長として、大規模データセットの構築を主導しています。
「データをいかに効率よく集めていくかが大事です。海外のオペレーターに東京にあるロボットを遠隔で動かしてもらうことで、1週間に数千時間のデータを作っていく仕組みができています。この7月に公開したデータセットは、オープンになっているものとしては最大だと思っています」(尾形氏)
なぜ政府はフィジカルAIに賭けるのか——ものづくり大国としての蓄積が生きる時代へ
「フィジカルAIという言葉を、日本の政府はどういう意味で使っているのか。なぜ政府はフィジカルAIを推そうとしているのか」。湯川のこの問いに、山際氏はフィジカルAIを「ニアリーイコール、頭脳の入ったロボット」と定義した上で、政府が注力する理由を30年スパンの産業史から説き起こしました。30年前は、日本のものづくりが世界で存在感を示した時期とされています。その後はソフトウェアを中心とする時代へと移っていきました。しかし生成AIの登場によって、再び局面が変わりつつあると山際氏は指摘します。
優秀な頭脳を持つAIが実社会に直接働きかけるには物理的な「身体」が不可欠になった——ものづくりの蓄積を持つ日本にとって大きな好機が訪れており、政府もここに賭けるべき局面にある、というのが山際氏の見立てです。
写真:山際 大志郎氏(衆議院議員・ロボット議員連盟 会長)
湯川が「ものづくりは今や中国の方が強いと言われるが、本当なのか」と切り込むと、山際氏は、分野ごとに各国それぞれの強みがあるとした上で、様々な要素を組み合わせて全体として機能させる「擦り合わせ」の技術は、依然として日本が世界から高く評価されている領域だと述べました。尾形氏も、ユーザー数では中国が一桁多いものの、ロボットの生産台数ではまだ日本が勝っていると指摘。ベアリング、ギア、センサーといった基礎要素技術は日本が強く、量産の経験値も大きな武器だと分析しました。
続けて湯川が「部品の強さとは具体的に何か」と掘り下げると、山際氏は日本の自動車が世界で支持される理由を引きながら「壊れない信頼性」こそ日本の強みだと強調します。
「国内大手の産業用ロボットメーカー数社で、世界の7割ほどのシェアを持っているわけですよね。何十万台というロボットが、今この瞬間も休むことなく、めちゃくちゃ正確に動き続けている。要するに壊れないんです。その信頼性が我々のものづくりの土台にある。それが日本の一番の強みなんじゃないですか」(山際氏)
日本の勝ち筋は「経験値」と「哲学」——ドラえもんを生んだ国のヒューマノイド
議論はヒューマノイド(人型ロボット)へ。湯川の「日本の人型ロボットの強みはどこにあるのか」という問いに、尾形氏は50年にわたる研究の「歴史」を挙げました。走る・跳ぶだけでは市場化できないことを苦い経験として知っている——その経験値こそが、これから市場化の壁に直面する他国に対するアドバンテージになり得るという見立てです。
同じ問いに山際氏が挙げた日本の強みは、意外にも「哲学」でした。
「日本人にとってのヒューマノイドのイメージは、ドラえもんじゃないですかね。家庭の中にいる存在、家族の一員として扱うのが我々の感覚です。サービスロボットとして人間の生活を支えてくれる存在だという哲学に従ってロボットを作っていけば、それを必要としている人たちは日本のロボットを買おうという話になる」(山際氏)
ロボットに求める役割の価値観は国や地域によって異なるとし、人と共生するロボットという日本ならではの価値観が、国際市場での差別化軸になるとの見方を示しました。
一方、湯川は「中国は利用者もスタートアップの数も多い。『量が質を凌駕する』ことにならないか」と疑問を投げかけます。尾形氏は、多数を競争させて絞り込む中国の戦略には学ぶべき点があるとしつつ、「日本は車も家電もロケットも本来は後追いだった。それでも効率性や利便性という新しいバリューを見つけて追いついてきた過去がある。諦めるというスタンスはあり得ない」と反論。家庭や介護施設、レストラン、図書館、空港、病院など「人間に近いところ」でロボットを受け入れる感覚が日本には備わっており、そこで新しいバリューを生み出せると語りました。
写真:左から、尾形氏、山際氏、湯川
国を挙げた基盤モデル投資——政府の決断と残された課題
「どのレイヤーなら日本は世界を取れるのか。AIモデルか、ハードウェアか、部品か、アプリケーションか」。湯川のこの質問に、両氏の見解は「ハードウェアとアプリケーション」で一致しました。
では、モデルのレイヤーは海外製に頼ってよいのか。湯川が「モデルも日本で作った方がいいのか」と重ねて問うと、尾形氏は「作った方がいい」と即答。「コラボはいいが、全てを任せるのは避けるべき。トップのロボット基盤モデルはほとんどクローズになっており、最新モデルに常にアクセスできる前提で物事を進めるのは良くない」と警鐘を鳴らします。
さらに湯川が「モデル開発には膨大な計算資源と資金が必要だが、政府は同じ規模の金額を出せるのか」と迫ると、山際氏は政府として大型投資を決断したことを明かしました。
「基盤モデルが他国のものだったら、我々が持っているロボットの優位性もなくなってしまう。その危機感から、清水の舞台から飛び降りてやると決めました。ベースの部分はすぐにビジネスにはならないからこそ、国がしっかり投資して支えなければ産業としては勝てないんです」(山際氏)
さらに山際氏は、ロボット議員連盟と経済産業省が策定したロボット戦略において、ものづくり・介護・医療・建設・土木など18分野の勝ち筋を洗い出したことを紹介。湯川の「海外勢が性能を上げ値段を下げてきた時、ビジネスオーナーは安い海外製を選んでしまわないか」という現実的な問いに対しては、初期需要の政府買い上げや補助金といった値差支援、そして経済安全保障の観点からのセキュリティ基準づくりという「2つの方法」で対抗する考えを示しました。
セッション終盤、湯川は「今クリアすべき課題は何か」と両氏に尋ねました。山際氏が挙げたのは「スピード」です。大企業の経営判断や物事を進めるスピード感は、猛烈な勢いで進む海外のライバルに比べてまだ見劣りすると指摘した上で、次のように訴えます。
「せっかくリソースも可能性もチャンスもあるのだから、それを生かすためのスピード感は大いに上げなきゃいけない」(山際氏)
尾形氏が挙げたのは「人材」です。世界を微分方程式で解きたがる機械系と、確率とデータで解きたがる情報系——2つの文化を融合できる人材の育成が急務であり、両方を学びたい若手のポテンシャルを生かす仕組みづくりが必要だと訴えました。
クロージングで山際氏は「日本は間違いなくメインプレイヤーになれる。あとはやるかやらないかの問題。ここにお集まりの方はもう『やる』と決めている方々だと思うので、それぞれがエンジンになって前に進んでほしい」と呼びかけ、尾形氏も「やる気のある若い人たちが海外とも繋がって面白いアクティビティをやっている。彼らをサポートしながら日本の産業に繋げていきたい」と締めくくりました。
写真:左から、尾形氏、山際氏、湯川
まとめ
ものづくりの信頼性、ヒューマノイド研究の経験値、そして人とロボットの共生を自然に受け入れる哲学——フィジカルAIの時代に日本が持つアドバンテージは決して小さくなく、官民一体の「覚悟」があれば世界で勝てる。それが研究と政策の最前線に立つ2人の共通した結論でした。
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