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ハードテック急増、AIが製造業の起業を後押し

ハードテック急増、AIが製造業の起業を後押し

米スタートアップ支援大手Y Combinator(YC)によると、ロボットや半導体、製造業、エネルギーなど、物理世界を扱う「ハードテック」企業が急増している。

YCが2026年9月17日に公開した動画によると、直近の採択企業に占めるハードテック企業の割合は、約1年前の8%から20%へ上昇した。ロボティクスは1%から6〜7%、製造業は4%から10%、防衛は1.5%から5%、半導体・フォトニクスは1%から約4%、電力インフラは1%から約3%へ増えた。Y Combinator「The State of Startups in 2026」

かつてシリコンバレーのスタートアップといえば、少人数で始められ、設備投資も少ないソフトウェア企業が中心だった。その流れが変わり始めている。

背景には、AIの普及によって半導体や通信、電力など新たな物理インフラへの需要が生まれていることや、コード生成AIの進歩によってハードテック企業が抱えてきたソフトウェア開発の負担も小さくなっている、ということがありそうだ。

AIが生んだ次のボトルネック

AIが新たなハードテック需要を生み出している代表例が、AIの計算を支えるインフラだ。

AIモデルの規模が大きくなるにつれ、必要になるのはGPUだけではない。大量のGPUを接続する通信設備、半導体、データセンター、冷却設備、電力など、巨大な物理インフラが必要になる。

YCの2026年夏バッチに参加した米光通信技術企業Dipole Labsは、その一例。同社は、AIデータセンター内でGPU同士を接続する光スイッチを開発している。Dipole Labs — Y Combinator

現在のデータセンターでは、ラック間のデータは光で運ばれていても、経路を切り替える際には光信号を電気信号に変換する場合が多い。Dipole Labsは、この部分を光のまま切り替えることで、GPU間通信の遅延や電力消費を減らそうとしている。AIモデルの計算性能が上がるほど、GPU同士の通信が次のボトルネックになるためだ。Dipole Labs — Y Combinator

同社を創業したDeepankur Thureja氏とGabriele Pasquale氏はいずれも博士号を持ち、ハーバード大学でフォトニクスや量子技術を研究していた。Dipole Labs「About us」

こうした企業の増加に伴い、YCが採択する創業者の顔ぶれも変わった。2026年夏バッチでは、創業者の6人に1人が博士号取得者だったという。半導体やフォトニクス、ロボティクスなど、研究成果を直接事業化する企業が増えているのだという。Y Combinator「The State of Startups in 2026」

大量のソフトウェア人材が不要に

変化は、AIによって新しいハードウェア需要が生まれていることだけではない。YCによると、コード生成AIの進歩によって、ハードテック企業がソフトウェア開発のために大量のエンジニアを雇う必要も小さくなっているという。Y Combinator「The State of Startups in 2026」

ロボットや航空機、半導体などの製品は、機械だけを作れば完成するわけではない。制御ソフト、シミュレーション、データ処理、製造管理など、大量のソフトウェア開発が必要になる。

数年前までは、高度なハードテック企業を作るには、GoogleやMetaと人材獲得を競いながら大規模なソフトウェアチームを作る必要があった。現在は少人数でも、その部分をAIで補えるようになってきたという。Y Combinator「The State of Startups in 2026」

昔ながらの製造業もAIで高速化

この変化は最先端の半導体やロボットだけに限らない。

YCが2025年に支援した米金属加工・供給企業Nox Metalsは、アルミニウムなどの金属を仕入れ、顧客が必要とする大きさに加工して工場へ届ける。一見すると、典型的な昔ながらの製造業だ。Nox Metals — Y Combinator

しかし同社は、見積もり、在庫、価格、加工指示などをAIを組み込んだ自社ソフトで管理し、工場の自動化を進めている。Nox Metalsによると、案件によっては見積もり依頼から加工、出荷まで1時間余りで完了した例もある。Nox Metals公式サイト Nox Metalsによる実績紹介

2025年に生産を開始してから7カ月で数百の米国工場へ金属を出荷し、2026年6月には1150万ドルを調達した。資金を使ってデトロイトの約3万平方フィートの工場を改修し、生産能力を拡大するとしている。Nox Metals「$11.5M Seed Round」

YCによると、こうした製造業の会社が「ソフトウェア企業のような速度」で成長しているという。その背景には、ロボット、防衛、宇宙、AIインフラなど、新しいハードテック企業自身が部品や材料を短期間で調達したいという需要がある。Y Combinator「The State of Startups in 2026」

つまり、新しいハードテック企業が生まれると、その企業に部品や材料、設備を供給する新しい企業も必要になる。完成品を手がける企業だけでなく、その上流にある部品、材料、加工などの製造基盤にも、スタートアップ誕生の波が広がっているわけだ。

投資資金も「物理世界」へ

この動きはYCだけに限らない。

Crunchbaseによると、世界のロボティクス企業が2026年に調達した資金は6月時点ですでに188億ドルに達した。2025年通年の150億ドルを半年で上回ったことになる。Crunchbase News「Robotics Startups On Fire As Venture Funding Surges」

ハードテックはこれまで、製品化に時間がかかり、工場や設備に多額の資金が必要なため、ソフトウェアより投資しにくい分野とみられてきた。

その条件自体がなくなったわけではない。しかし現在は、AIによってロボットや半導体、データセンターへの需要が膨らみ、同時にAIを使って開発を速められるようになった。需要と開発手段の両方が変わったことで、ハードテック分野で新しい企業が生まれやすくなっているわけだ。

YC自身も2026年秋の「Requests for Startups(起業家に取り組んでほしいテーマ集)」で、「AI is moving into the physical world(AIは物理世界へ移りつつある)」と明記し、製造、エネルギー、インフラ、ロボティクスなどの分野で起業を呼びかけている。Y Combinator「Requests for Startups」

AIブームは、ソフトウェア企業を増やしただけではなかった。その計算能力を支える半導体や通信、電力を必要とし、さらにAIを搭載して現実世界で働く機械を生み出している。YCの採択企業に起きている変化は、AI産業の重心がソフトウェアの外側へ広がっていることを示していると言えそうだ。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。