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「利用者」が人間からAIへ 企業ソフトの設計が変わり始めた

「利用者」が人間からAIへ 企業ソフトの設計が変わり始めた

企業向けソフトウェアを実際に操作する「利用者」が、人間からAIエージェントへ広がり始めている。

米スタートアップ支援大手Y Combinator(YC)が2026年9月17日に公開した動画によると、同社が採択した企業のうち、AIが一つの業務を最初から最後まで実行する「end-to-end」型の企業は、約10%から25%超へ増えた。従来のSaaSが業務の一部分を支援する道具だったのに対し、AIエージェントが業務そのものを引き受ける製品が増えていることが分かる。

対談ではさらに、「AIエージェントを顧客だと考え、エージェントが使いたいソフトウェアを作るべきだ」という考え方も示された。

ここでいう「顧客」は、料金を払う企業がAIになるという意味ではない。ソフトウェアを直接操作する主体が、人間だけでなくAIエージェントになるということだ。

この変化は、すでに実際の利用データにも表れている。

StripeではAPI利用の主役がAIに

米決済大手Stripeが2026年6月に公表したデータによると、同社の技術文書へのAIエージェントからのアクセスは2025年の1年間で10倍以上に増え、現在では全アクセスの約40%を占めるという。

さらにStripeのコマンドラインツールからAPIを操作するリクエストの70%が、AIエージェントによるものになったという。APIとは、あるソフトウェアの機能やデータを、別のソフトウェアから直接呼び出して使うための接続口のことだ。

StripeのAPIはもともと、人間のエンジニアが決済機能をソフトウェアに組み込むために設計された。しかし現在は、コーディングエージェント自身がStripeの技術文書を読み、APIを調べ、プログラムを書いて接続するようになっているというわけだ。

Stripeは「AIエージェントは、StripeのようなAPIに接続するコードを独力で書けるようになった」と説明している。

変化はソフトウェア開発だけではない。同社は2026年3月、AIエージェント同士やエージェントと企業の間で支払いを行うための「Machine Payments Protocol(MPP)」を発表した。従来の決済システムでは、人間が料金プランを選び、アカウントを作り、支払い情報を入力することが前提だったため、AIエージェントには使いにくかったという。

4月には、商品をAIエージェント経由で販売したり、AIエージェント自身に決済用ウォレットを持たせたりする機能も発表した。Stripeは「近い将来、オンライン取引の大部分をエージェントが占める」とみている。

ソフトウェア企業にとって、画面を人間が操作しやすくするだけでなく、「AIが安全にデータを読み、必要な操作を実行できるか」が製品設計の条件になり始めているようだ。

JiraやSlackもAIが直接操作する

企業向けSaaS大手も、この変化に対応し始めた。

豪Atlassianは、プロジェクト管理のJiraや情報共有のConfluenceなどをAIエージェントから操作できる「Rovo MCP Server」を提供している。

MCPは、AIと外部のソフトウェアやデータを接続するための共通規格。AtlassianのMCPサーバーにつなぐと、ChatGPTやClaudeなどのAIからJiraの案件を検索したり、Confluenceの資料を読んだりするだけでなく、新しい案件やページを作成・更新できる。2026年9月にはJira向け機能をさらに20以上追加し、コメント、添付ファイル、作業時間、ダッシュボードなどもAIから操作できるようにした。

つまり、担当者がJiraの画面を開いて項目を一つずつ入力しなくても、AIエージェントが直接Jiraを使って仕事を進められるわけだ。

米Salesforce傘下のSlackも同じ方向へ進んでいる。

Slackは2026年2月、外部のAIエージェントがSlack内の会話やファイルを検索し、操作できるMCPサーバーを一般提供した。さらにSlackbot自身をMCPのクライアントとして動かし、外部の業務ソフトやAIエージェントを呼び出せる仕組みも提供している。

7月にはSalesforceのCRMやTableau、Data 360をSlackbotから直接操作できるMCPサーバー群も公開した。Slack上で顧客情報を調べ、商談情報を書き換え、データ分析まで行える。

Slackは現在、自社を「人間とAIエージェントが同じ場所で働くプラットフォーム」と位置づけている。

YCの対談でも、この変化が議論された。顧客情報や業務記録を蓄積する「system of record」型のSaaSは、データを保存するだけではなく、AIがそのデータを使って実際に仕事をする場所になる必要がある、という見方だ。

人がソフトを操作する仕事そのものをAIが引き受ける

もう一つの変化は、AIが既存SaaSを利用するだけでなく、これまで人間が複数のSaaSや業務システムを使って行っていた仕事をまとめて引き受けるようになったことだ。

YCが支援する米採用AI企業Juiceboxは、もともと自然言語で条件を入力すると適切な候補者を探す人材検索サービスとして成長した。

現在の「Juicebox Agents」は、求人内容から検索条件を考え、候補者を探し、評価し、個別のメールを作成して送信するところまで担当する。複数の求人について別々のエージェントを同時に動かすこともできる。

2026年8月に公開したAgent 4.0では、MCPを使って企業の採用管理システム、会議記録、業務アプリなどにも接続できるようになった。これにより、AIエージェントが複数のSaaSや業務システムから必要な情報を集めながら、採用業務を進めるための基盤が整った。

Juiceboxは現在5000社以上が利用し、年間経常収益(ARR)は1000万ドルを超え、月20%以上のペースで成長しているとYCは説明している。

YCの対談では、こうしたAIが業務を完結する企業の増加が、採択企業全体の売上成長にも影響しているとの見方が示された。YC企業のバッチ終了時の月間売上中央値は、以前の約8000ドルから約2万ドルへ上昇したという。

AIが業務の一部分を支援するだけなら、企業が支払うのはソフトウェアの利用料だった。しかし採用、営業、顧客対応などの仕事そのものを引き受けるようになれば、その価値は人件費に近づいていく。YCは、そこに現在のAI企業の売上が急速に伸びている理由の一つがあるとみている。

SaaSの買い手が企業であることは変わらない。しかし、そのソフトウェアを毎日直接操作する存在は、人間だけではなくなり始めた。

StripeではAIがAPIを呼び、JiraではAIが案件を書き換え、SlackではAIが別の業務システムやエージェントを動かす。企業向けソフトウェアの競争では今後、人間に使いやすい画面だけでなく、「AIエージェントにとって使いやすいか」という新しい条件が加わることになりそうだ。

AIエージェントを「使わせない」動きも

一方、AIエージェントがソフトウェアやウェブサービスを直接利用するようになれば、新たな問題も生まれる。

2026年9月、米Amazonは米Metaの買い物エージェント「Muse」がAmazon上で商品を検索・購入することを遮断した。Amazonによると、Metaから事前の通知がなく、MuseはAIエージェントであることを明示せずにサイトを利用していた。利用者には「未承認のAIエージェントによる継続アクセスはAmazonの利用規約に違反する」と表示されるようになった。

Amazonは、外部のAIエージェントが他社サービスを利用する場合、エージェントであることを明示し、サービス提供者が参加するかどうかを選べるようにすべきだとしている。Metaは、Muse自身は利用者のパスワードや支払い情報を見ることはできないと説明している。

AIエージェントが新しい「利用者」になるとしても、すべてのサービスが無条件で受け入れるとは限らない。これからは「AIが使いやすいソフトウェア」を作る競争と同時に、「どのAIに、どこまで自社サービスを使わせるのか」というルール作りも始まりそうだ。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。