OpenAIの数学成果に暗号研究者が警戒
米OpenAIが社内AIモデルで解いたとする300件超の数学成果を公開したことを受け、暗号技術の専門家の間に警戒が広がっている。AIが数学の難問を解く能力を高めれば、オンライン決済やメッセージサービスを守る暗号の安全性も揺らぐ恐れがあるためだ。米テクノロジーメディアのThe Information誌が10月14日に報じた。
公開鍵暗号の先駆者も大きな変化を予想
ネット上の安全な通信を支える技術の一つが、公開鍵暗号だ。誰でも利用できる「公開鍵」を使った暗号化は容易でも、「秘密鍵」を知らずに元の情報を読み取るのは極めて難しい、という前提に基づいている。AIが解読を容易にする新しい計算手法を見つければ、この安全性の前提が崩れかねない。
1976年に公開鍵暗号の考案に携わったWhitfield Diffie氏は、同誌に対し、暗号解読を含む数学全体に大きな変化が起きると予想した。その時期については「1年では早すぎるだろうが、5年ならそうとは限らない」と述べた。
米ジョンズ・ホプキンズ大学教授で暗号研究者のMatthew Green氏は、OpenAIの成果公開後、Xに「公開鍵暗号が使えなくなるかもしれない」と投稿した。同誌の取材には、今後2年以内に最先端AIが、広く使われる「楕円曲線暗号」の安全性を根本から崩すような発見をすることも考えられると語った。
影響が大きいのは、ネットの安全性が少数の暗号方式に依存しているためだ。同誌によると、ネットインフラ・セキュリティー大手の米Cloudflareが2025年に示した情報では、楕円曲線暗号を利用する「X25519」がネット接続の過半数を保護していた。同氏は、多くの暗号方式を次々に破らなくても、二つのアルゴリズムを突破するだけで、暗号を使う多くのサービスに影響が及びかねないと指摘した。
暗号分野の成果がなかったことも憶測を呼ぶ
今回公開された数学成果に暗号分野の研究が含まれていなかったことも、一部の専門家の関心を集めた。Green氏は、安全保障上の重要性から、OpenAIが暗号に関する発見をまず米政府に伝えることを選んだ可能性があると述べた。
ただし、これは専門家の推測だ。OpenAIは、社内モデルを暗号分野の問題に取り組ませているかどうかについて、同誌にコメントしなかったという。
同誌によると、OpenAIはこれまでも暗号分野の理論的成果を発表している。米ハーバード大学教授で暗号研究者のBoaz Barak氏も同社の技術スタッフとして働いており、Green氏はAI企業がすでに暗号研究に相当の資源を投じているとみている。
専門家の見方は割れる
一方、広く使われている暗号方式そのものがAIによって破られるかについては、慎重な見方もある。米プリンストン大学の計算機科学教授、Ewin Tang氏は、こうした方式は解読が困難になるよう設計され、長年研究されてきたと指摘。暗号方式自体よりも、それをプログラムとして実装する際に生じる弱点の方が、攻撃につながりやすいとみている。
ただし、同氏は、研究の蓄積が少ない暗号方式についてはAIが安全性を損なう可能性を認めた。対象には、量子コンピューターでも解読しにくいことを目指す「耐量子暗号」の一部も含まれる。
同誌によると、米Anthropicは7月、米国立標準技術研究所(NIST)に提案されていた耐量子暗号の一方式について、安全性を大きく揺るがす研究成果を公表した。同社は研究内容を米政府と業界の関係先に事前共有しており、今後も重大な発見があれば責任ある形で開示し、対応する方針だと説明している。
Diffie氏とともに公開鍵暗号を考案した米スタンフォード大学名誉教授のMartin Hellman氏は、短期的にはAIを使った攻撃がサイバーセキュリティーを混乱させると予想する一方、長期的にはAIをセキュリティー上の弱点を修正する道具として、より効果的に使えるようになるとみているという。