「Googleは最先端AIを諦めた」は誤解 Pichai氏、クラウド売上を犠牲に研究優先と反論
「最先端AIの開発に必要な計算資源を確保することは、絶対に譲れない」。米Googleの最高経営責任者(CEO)、Sundar Pichai氏は、10月20日に公開されたBig Technology Podcastのインタビューで、最先端AIの研究開発を最優先する方針を改めて強調した。AI開発に計算資源を回すため、Google Cloudは現在も短期的な売上機会を犠牲にしていると明言した。
この発言の背景には、Googleが最先端AIの開発競争から脱落しつつあるという、シリコンバレーの一部で広がっていた見方がある。Googleは豊富な計算資源を持ちながら、クラウド事業などとの社内競争によって、AI研究に十分な資源を投入できないという指摘だ。Pichai氏はこうした見方を強く否定した。
シリコンバレーで広がる「Google脱落論」
半導体・AIインフラの調査会社、米SemiAnalysisは8月7日、「Geminiは終わり、Google Cloudは絶好調」(Gemini is Cooked but GCP is Cooking)と題した分析記事を公開した。
同社は、Googleの最先端モデル開発部門であるDeepMindから有力研究者が相次いで離脱し、計算資源の配分でも不利な立場に置かれていると指摘。Googleが再び最高性能のAIモデルを開発できる可能性は、ほぼなくなったとまで主張した。
同社が問題視しているのは、Google社内での計算資源の奪い合いだ。Google製AI半導体「TPU」は、DeepMindが自社モデルの開発に利用するだけでなく、Google Cloudが外部顧客に提供する商品でもある。同社は、クラウド事業を率いるThomas Kurian氏がこの配分争いで優勢になったと分析した。
SemiAnalysisの創業者兼CEO、Dylan Patel氏は、Big Technology Podcastでのインタビューでも同様の見方を展開した。Google全体の計算資源が増加しているにもかかわらず、自社のAIモデルの学習や運用に回す割合は、2〜3年前と比べて低下しているという。
さらに10月3日公開のポッドキャスト「Moonshots」では、AI研究者のAlexander Wissner-Gross氏が、Google関係者から最近聞いた話として、社内では依然として計算資源をめぐる激しい奪い合いが続いていると語った。
同氏によると、外部に計算資源を販売したいクラウド部門、検索や広告に計算資源を必要とする部門、最先端モデルの開発を進めるDeepMindの三者が競合しているという。ただし、同氏自身も、問題が計算資源の不足なのか、人材の不足なのかははっきりしないと認めている。
こうした見方については、AI新聞でも10月12日付の「世界最大の計算資源を持つGoogleは、なぜOpenAIとAnthropicに追いつけないのか」で詳しく取り上げた。
「完全な誤解だ」Pichai氏が反論
今回、Pichai氏が出演したのは、Patel氏も登場したBig Technology Podcastだ。
番組の冒頭、聞き手のAlex Kantrowitz氏は、Googleが最先端AIの開発競争を諦め、既存製品に組み込むための、安価で十分な性能を持つAIモデルの開発へ軸足を移したと考えられていた、と切り出した。
これに対し、Pichai氏は「完全な誤解だ」(Very wrong)と即座に否定。「最先端を追求することはGoogleのDNAに組み込まれている」と述べ、10年以上続けてきた最先端AIの研究開発を今後も継続すると強調した。
議論が計算資源の配分に移ると、同氏はさらに踏み込んだ。Googleは、DeepMindが最先端モデルを開発するための計算資源を最優先で確保し、そのうえでクラウドなど各事業の需要に対応していると説明した。
Kantrowitz氏は、AIがそれほど重要な技術ならば、クラウド事業の現在の利益を犠牲にしてでも、研究者にできるだけ大きなコンピューターを与えるべきではないかと質問した。
Pichai氏は「まさに、すでにそうしている」と答えた。
「最先端AIの開発を支援するために計算資源の配分を調整しており、Google Cloudは今この瞬間も短期的な売上機会を手放している」
売上機会を犠牲にしているという発言には重みがある。Google Cloudの2026年4〜6月期の売上高は、前年同期比82%増の248億ドルに達した。AI向け計算資源の需要が急増し、販売すれば収益につながる状況でも、Googleは研究開発を優先しているという。ただし、どれだけの売上機会を逃したのか、具体的な金額は明らかにしていない。
実際、Pichai氏は7月の決算説明会でも、最先端AIの開発に必要な計算資源の確保が最優先だと説明していた。今回の発言は突然の方針転換ではなく、従来の経営方針を改めて明確にしたものだ。
同氏が最先端モデルの開発を重視する理由は、目先の製品競争力だけではない。高性能なモデルを自社で開発していれば、新たな能力が登場する兆しを競合より早く把握できる。さらに、AIが次世代のAIモデルの開発を手助けする時代には、最高性能のモデルを持つことが次の開発競争でも有利に働くと考えている。
数字はGoogleの復活を裏付けるのか
では、Googleが最先端AIの開発に必要な計算資源を確保しているというPichai氏の主張は、実際のモデル性能にも表れているのだろうか。
Googleが9月30日に発表した最上位モデル「Gemini 4 Argon」は、第三者評価でOpenAIの最高性能モデルと肩を並べている。
AIモデルの性能を評価する米Artificial Analysisの総合指標「Intelligence Index」では、Gemini 4 Argonは53点で、米OpenAIのGPT-6 Astraと同点だった。一方、米AnthropicのClaude Opus 5.5は58点で、Googleを上回った。これは各モデルの指定された推論設定での比較であり、利用する計算量が同一という意味ではない。
ただし、個別の評価では結果が異なる。AIに業務を自動実行させる能力を測る「AutomationBench」では、Gemini 4 Argonが78%、Claude Opus 5.5が70%だった。反対に、ソフトウエア開発の実務能力を測る「Terminal-Bench」ではGoogleが57%、Anthropicが60%となった。
これらの数字を見る限り、Googleが最先端モデルの競争から脱落したとは言い難い。少なくとも、OpenAIやAnthropicと競争できるモデルを開発する能力は維持している。一方、総合評価ではAnthropicの後塵を拝しており、最先端での主導権を取り戻したとまでは言えない。
しかも、モデルの性能と計算資源の配分は別の問題だ。Google全体の計算資源が増加していれば、DeepMindが利用できる絶対量が増えていても、全体に占める割合は下がる可能性がある。Pichai氏が研究を最優先していると主張する一方、社内関係者が計算資源の奪い合いを訴える状況は、必ずしも矛盾しない。
Googleは、DeepMindに配分している計算資源の割合や、その規模がOpenAI、Anthropicと比べてどの程度なのかを公表していない。Pichai氏の説明が社内の実情をどこまで反映しているのか、外部から検証することは難しい。
Googleが最先端AIの開発を諦めていないことは、今回のPichai氏の発言とGemini 4 Argonの性能から読み取れる。しかし、豊富な計算資源を最大限に生かし、競合を上回る研究開発体制を築けているのかという疑問には、まだ答えが出ていない。