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Anthropicの巨額IPOに見る収益力の「今」と発明するAIという「未来」

公開日
2026.10.28
Anthropicの巨額IPOに見る収益力の「今」と発明するAIという「未来」

米Anthropicが10月26日、上場に向けた登録届出書「S-1」を公開した。米Wall Street Journalは、1000億ドル以上を調達する可能性があると報じている。巨大な新規株式公開(IPO)を前に、AIへの期待が膨らみすぎているのではないかという疑問が浮かぶ。

その判断には、現在のAI事業がどれだけ稼げるようになったかと、次にどんな市場を開こうとしているかを、つなげて見る必要がある。Anthropicの開示と科学分野での動きが示すのは、既存モデルの提供に収益力が見え始め、その能力を発明・発見へ広げようとしている企業の姿だ。

現在のAI事業が、資金を生み始めた

まず変わったのは、売上の規模だけでなく資金収支だ。2026年上半期の売上高は約163億ドルに達した。米The Informationによると、同期間のフリーキャッシュフロー(FCF)は約35億ドルのプラスで、前年同期の約16億ドルのマイナスから改善した。FCFは、営業活動の現金収支から設備投資などを差し引いた指標だ。資金を投じて売上を伸ばすだけでなく、事業から現金が残るようになってきた。

既存モデルの提供には、高い採算も見える。同メディアの記者Stephanie Palazzolo氏が取り上げた粗利益率は85%。新しいモデルの開発費を含まないため、会社全体の利益率とは区別が必要だ。それでも、クラウド企業に計算資源の利用料を支払い、その企業側の利益も負担した後に、高い利益率を確保しているという意味は大きい。AIを使った分だけ料金を取る事業にも、収益を生む力があることを示している。

営業損益にも改善が表れた。2026年4〜6月期は9億7400万ドルの営業黒字を計上した。上半期累計では6億9300万ドルの営業赤字が残るものの、四半期では売上から計算費用や人件費などを差し引いても利益が残る段階に達した。

その採算を支える一つの仕組みが、計算処理の効率化だ。同じ設備でより多くの仕事をこなせるようになれば、料金を下げても、売れる処理量を増やして収入を伸ばせる。費用の増加を増収より低く抑えられれば、利益率も改善する。値下げによって従来は採算が合わなかった用途が開ければ、利用量が増える余地も広がる。

上場書類には、その具体例がある。9月に投入したOpus 5.5では、料金の引き下げと処理効率の改善によって、作業1件当たりの顧客の費用がOpus 5に比べて約40%下がった。同社は、計算処理の効率化によって利益率も維持できたと説明している。顧客の負担を減らすことと、供給側が利益を残すことは両立しうる。

次に広げるのは、科学の発明・発見という市場

その能力を次に広げようとしている先が、科学だ。企業の仕事をこなすAIから、新しい知識や技術を生み出すAIへ。Anthropicは「イノベーターの時代」の入り口で、研究者がAIを使う環境と、AIが研究を実行する仕組みの両方を整え始めている。

6月に発表したClaude Scienceは、科学研究の道具を一つの作業環境にまとめた製品だ。文献やデータを調べ、計算を実行し、図や論文を作る工程をつなぐ。複数の作業を自律的に進めるAIエージェントが専門的な道具を使い、結果にはコードや作業履歴を残す。研究者が検証し、次の研究に使えるようにするためだ。

実際の創薬上の課題にも踏み込んでいる。肥満症治療薬を手がけるデンマークの製薬大手Novo Nordiskは9月16日、Anthropicとの共同研究を発表した。研究者が選んだ科学的な課題に対し、Claude Scienceなどを使って解決策を開発する。Anthropicの共同創業者兼CEO、Dario Amodei氏は、生物学と医学における「100年分の進歩を10年に圧縮する」(“compress a century’s worth of biological and medical breakthroughs into a decade”)可能性に言及した。

AIの提案を現実の実験で確かめる基盤も作っている。8月に研究者や企業向けに公開した共通仕様「Model Hardware Standard(MHS)」は、AIと顕微鏡、分注装置、ロボットアームなどをつなぐ。米Carnegie Mellon大学は、この仕組みで薬剤の濃度と反応の関係を調べる実験を従来の約3倍の速さで進めたと報告している。仮説を立てるAIと、結果を確かめる実験設備がつながり始めた。

自社の研究チームと実験室も設けている。人間の研究者が実験を担当し、Claudeが仮説の探索やデータ解析を支援する。研究者がどの仮説を試す価値があると判断したかを、AIへの指示に反映し、次の探索に生かす取り組みも進めている。

未知のものを見つける成果も出てきた。9月の研究報告では、約950のClaudeエージェントが21時間にわたってDNAのデータを探索し、新しい酵素システム「ART」の発見につながった。ARTの機能の全容は研究中だが、AIは既存知識を整理するだけでなく、調べるべき未知の現象を見つけ、検証につなげる役割を果たしている。

こうした研究が増えれば、AI企業には新しい需要が生まれる。Claude Scienceは有料プランの利用者に提供されている。新薬が完成する前でも、研究者や製薬会社が有料の研究環境やAIの計算サービスを使えば、収入になる。科学の市場を開くことは、研究の成果だけでなく、そこへ至る試行錯誤の過程を事業にすることでもある。

その先には、研究成果そのものへの対価を得る道もある。英製薬大手AstraZenecaが10月15日に発表した米AI創薬企業insitroとの契約では、契約一時金は4000万ドル。開発や事業化の条件を満たせば追加で最大約14億6000万ドルを受け取れ、販売後のロイヤルティもある。Anthropic自身の契約ではないが、発見する能力や研究開発への貢献を、薬の発売前から収入に変える仕組みの実例だ。

問われるのは、未来の収入が立ち上がるまでの時間

この次の市場を開くには、投資を続ける時間が必要になる。現在の資金収支がプラスでも、今後約束した計算資源への支払いをすべて済ませたわけではない。上場書類では、収入の多くが利用量に応じて変動する一方、計算基盤の契約は複数年に及ぶと説明している。顧客が利用を減らせば収入は減るが、確保した計算資源への支払いは残る。

高い採算を守るには、性能と効率の改善も続けなければならない。価格競争で料金が下がり、処理効率や利用量が十分に伸びなければ、収益は圧迫される。将来の研究開発費も必要だ。FCFは入出金の時期にも左右されるため、現在の黒字額をそのまま将来の投資余力とみなすことはできない。

科学の進歩にも、収入になるまでの距離がある。Anthropicが10月に公表したサソリ毒に対するタンパク質の研究では、Claudeが64時間で設計作業を進め、実験した211種類のうち17種類が毒素への結合の基準を満たした。しかし、毒を無力化する作用や、治療薬としての有効性はまだ確認していない。薬として届けるには、実験、安全性の確認、臨床試験という工程が残る。

科学が生む価値のうち、どれだけをAnthropicが収入として得るかも、契約と事業モデルによって変わる。少なくともNovo Nordiskとの提携発表では、Anthropicが新薬の販売ロイヤルティを得る取り決めは公表されていない。研究を支える製品の売上を伸ばすのか、成果への対価も得るのか。この選択が、科学分野の成長を自社の収益に変える道筋を左右する。

それでも、既存モデルの提供で収益力が見え始め、科学を次の市場にする取り組みも具体化している。Anthropicが狙うのは、研究者や製薬会社がAIを使って新しい知識や技術を生み出す市場だ。足元のAI事業で稼ぎながら、発明・発見を支える事業を育てる。その「今」と「未来」の両方から、巨額IPOを見る必要がある。

 

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。