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AI導入の落とし穴、なぜ「時短」が「利益」に繋がらないのか?——価値の漏れ(Leakage)

AI導入の落とし穴、なぜ「時短」が「利益」に繋がらないのか?——価値の漏れ(Leakage)

前回の記事では、生成AIを導入したにもかかわらず従業員が利用しないという問題について、「実行意図」という研究から考え方を解説しました。実際にAIを活用するタイミングや活用方法を具体的に決めておくことによって、AI活用を実務に定着させるという内容です。

しかし、前回の最後でも触れたとおり、AIを使う社員が増えたとしても、それがそのまま企業の成果につながるわけではありません。AIで仕事を効率化できたとしても、せっかく空いた時間が既存業務の延長で埋められてしまい、作業量は増えているのに成果が変わらないということがあります。また、AIによって短時間で成果を作れるようになった一方で、成果物の品質を見極めることができないまま、上司に提出してしまい、上司のレビュー負荷が増えて全体としては遅くなってしまうといった問題も起こりえます。

今回は、「AIを使う」からその先に見据える「成果を生む」ところまでの間で、何が起きているのかをリサーチしていきます。

AIを使うと仕事は早くなるが、それだけで成果とは言えない

生成AIによる生産性向上については複数の研究が盛り上がっており、どうすれば成果につながるのかが徐々に明らかになりつつあります。

2025年にNBER(全米経済研究所)が行った研究では、66社、7,137人のホワイトカラーを対象に6か月間のランダム化実験を行いました。実際に生成AIを用いた従業員では、メールに費やす時間が週当たり約2時間減少し、時間外労働も減少する結果となりました。

ところが、全体としての仕事量やタスクの構成には、大きな変化が確認されませんでした。

つまり、「時間を生み出すこと」と「仕事そのものを変えること」は別物であるということです。

これまでの研究でも、AIを使うことは成果の入口にはなり得ても、コールセンターのような業務量の削減がそのまま成果につながるような仕事を除いては、そのままでは不足していると考えられます。

AIが生み出した時間や品質向上が、どのようにして企業の成果に変わっていくのかを見ていきましょう。

AI活用から成果までの間には、いくつかの「転換点」がある

従来の情報システム研究では、「ITを導入したのに、なぜ企業業績が上がらないのか」というテーマが長年研究されてきました。IT Business Valueの研究では、技術そのものではなく、人的・組織的な補完資源や業務プロセスで生じる成果によって、最終的な組織の成果を生み出すことにつながると整理されています。

AIについても同じような研究が目につくようになってきました。EUの448組織を対象とした2024年の研究では、AI導入が意思決定パフォーマンスやビジネスプロセスのパフォーマンスなどを介して組織成果につながるモデルが検証されています。

こうしたモデルを参考にするとAI活用から企業成果までの流れについて、大まかに次のようにみることができます。

図1 AI活用から企業成果までの流れ(筆者作成)

AIを活用し、その有効的な活用方法を発見します。それによって、局所最適的にタスクレベルの成果が高まり、全体最適が行われて業務プロセスの成果となり、それを経営判断によって企業成果へと転換していくという流れです。

既存のIT Business Value研究やAI研究をひも解いてみると、ここで上げたそれぞれの転換点で価値が止まってしまっているために、最終的な企業成果につながっていないと考えることができます。 この転換点で価値が生まれなくなってしまう現象を便宜的に「価値の漏れ(Leakage)」と呼ぶことにします。

図2 AI活用から企業成果までに発生する「価値の漏れ(Leakage)」の概念図(筆者作成)

AIを導入しても有効に使うことが出来ていなければ、効率が上がらなかったり、下手をすると業務が増えてしまうことすらあります。また、有効に使うことができたとしても、成果物に対して上司がレビューに追われていつまでも決裁が進まなければ、物事が進みません。ビジネスの流れがAIによって効率化されたとしても利益を確保したり、高付加価値業務に人材を動かすことをしないと成果につながらないことも考えられます。

それぞれについて詳しく見ていきましょう。

「AIを使う」から「有効に使う」までの価値の漏れ

価値の漏れについて、まずはじめに考えるべきは「AIを使った」という事実と、その仕事に「AIを使うことが有効だったか」は別の問題であるということです。

この問題を象徴するのが「Jagged Technological Frontier」と呼ばれる現象です。AIには得意な仕事と苦手な仕事が隣り合わせで存在しているため、この状況を意識せずに利用してしまうと気が付かないうちに品質のリスクを抱え込んでしまいます。

図3 Jagged Technological Frontier(筆者作成)

ボストンコンサルティンググループのコンサルタント758人を対象とした実験によると、AIが得意とする18の知識タスクでは、AI利用者はAIを使わない人と比較して12.2%多くタスクを完了し、作業時間も25.1%短縮しました。品質についても向上しています。

しかし、AIの得意でない領域に設定された複雑な課題については、AIを利用した人のほうが正しい回答に到達できる割合が19ポイント低くなりました。

106の実験を統合したメタ分析では、人間とAIの組み合わせは平均的に人間単独よりも高い成果を残した一方で、「人間のみで成績が良いタスク」、もしくは「AIのみで成績が良いタスク」を上回ることはできませんでした。特に意思決定にまつわるタスクについては、人間とAIを組み合わせることでパフォーマンスが低下されるケースが確認されています。この調査からわかることは、AIを使うことが重要なのではなく、AIに得意な仕事を見極めて任せることができるかが重要であるということです。

国内でも、この考え方に近い取り組みを見つけることができます。

KDDI株式会社では、汎用的なAI利用だけではなく、社内業務に合わせた約100種類のAIアプリを開発しています。たとえば、レポート作成では、平均5時間かかっていた作業を1時間に短縮した例があり、代理店から寄せられる問い合わせ履歴の分析では、年間750時間の業務削減を実現しています。

ここで注目したいのは、社員に生成AIを配ったことではなく、特定の業務とAIの使い方を結びつけていることです。つまり、AI利用率を高めた後には、「どの業務にAIが有効なのか」を見極めるフェーズが必要になると考えられます。

ひとつのタスクが早くなっても、業務全体が早くなるとは限らない

次に、発生するのが「タスク」と「業務プロセス」の間に存在しているギャップです。

たとえば、営業担当者がAIを活用して、資料作成時間を2時間短縮できたとします。これは、間違いなく生産性の向上です。

しかし、その後の上司レビューで2日、法務チェックで3日、顧客との日程調整で1週間かかっているのであれば、営業活動全体としてのリードタイムにおいて2時間の効率化は影響を及ぼすことがありません。

それどころか、AI活用によって大量の資料を短時間に生産できるようになった結果、本人が成果物の品質を判断できなければ、上司のレビュー負荷が上がってしまい、ボトルネックを生んでしまうかもしれません。

株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)の取り組みは、この点で参考になります。

同社は2026年3月の「AI Day2026」で、リーガルチェックの効率を90%改善、QAでは同じ業務を半分の工数で実施、ライブ配信サービス「Pococha」の配信審査でも60%の工数削減を実現したと説明しています。重要なポイントは、この取り組みについて、一部の業務についてAIを前提に業務フロー全体を組み替えたと説明している点です。

AI活用を「人」や「タスク」だけに置いてしまうと、業務全体の視点を見落としてしまいます。個人の仕事が早くなっただけでなく、End-to-Endで仕事がどう変わったかを見る必要があります。

業務が効率化しても、企業の成果につながるとは限らない

業務プロセスが効率化しても、その時間が企業によって価値が高い活動に使われるとは限りません。前述したDeNAは、この問題について非常に興味深いエピソードを紹介しています。

同社では、「半分の人員で現業を成長させ、残りの半分を新規事業にシフトする」という構想を掲げて、AIネイティブ企業化を進めていました。

そうした取り組みによって様々な業務で大幅な効率化が見られたものの、その空いた時間に対して、社員は「これまで後回しにしていた別の仕事」を自ら追加していき、新規事業への人員シフトが思ったよりも進まなかったと説明しています。

そこでDeNAは、人が自然に余るのを待つのではなく、先に人を別の仕事に動かす必要があると考え、マネージャー評価にも「人材の輩出」を加える方向を示しています。

AIが100時間を生み出したとしても、100時間分の企業価値が生まれるわけではありません。

その100時間を、顧客接点、新規事業、商品開発、意思決定など、企業の成果に繋げるためのどこに投資をするのかという判断と組織の仕組みとしてリソースが転換される仕組みが必要になります。

「成果がまだ見えていない」というケースも存在する

ここまで、AIが生み出した価値が途中で企業成果へ転換されなくなるケースを見てきました。ただし、企業の成果としてまだ数字に現れていないからと言って、必ずしも途中で価値が漏れているとは限りません。

経済学では、新しい汎用技術が普及するとき、技術だけでなく業務プロセスの変更、新しい製品やビジネスモデル、人材への投資が必要になるため、導入初期には生産性向上が見えづらいという「Productivity J-Curve」が研究されています。

図4 Productivity J-Curve(筆者作成)

AIについても、途中で価値が失われている「Leakage(漏れ)」なのか、補完的な投資が進んでおり成果が現われるまで時間がかかっている「Lag(遅れ)」なのかを分けて考える必要があります。

AI活用のKPIを「利用率」から企業成果に向けて動かしていく

前回の記事で説明した通り、AI導入初期には、利用率やアクティブユーザー数は重要な指標です。

そもそも使われていなければ、成果が生まれることもありません。

しかし、AI利用が浸透してきた企業では、利用率から成果への価値転換に目を向け始めなければなりません。

Leakageの考え方を用いて、利用率からタスクの時間・品質・判断精度、業務プロセスのリードタイムや歩留まり、売上・利益・顧客価値といった企業成果へと、徐々に右側に軸足をずらしていく必要があります。

株式会社京都銀行が株式会社NTTデータと実施した融資稟議書作成AIの検証では、単に「AIを使った人数」を見るのではなく、若手行員の作成時間が約半分になったことに加えて、審査役による評価で合格ラインに達している割合が、手作業時には約30%だったものから約95%まで向上したことを測定しています。年間で最大11,700時間の削減を見込んでいます。

このように、「業務の何がよくなったのか」を測ることで、AI活用を企業成果へと繋げていくことができるでしょう。

次回は、今回ご説明した「価値の漏れ」がどの部分で実際に発生しており、その対処について解説をしていきます。

AI活用を企業成果につなげる取り組みについて詳しく知りたい方は、チームにご相談ください

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出典

著者
千田 和央

出版社やリクルート、エネルギースタートアップなどを経て、2026年7月より株式会社エクサウィザーズに参画。理論と実践を通じた組織づくりが認められ厚生労働省や東京都などから複数表彰を受ける。専門は組織開発、パフォーマンスマネジメント、制度設計、日本型雇用に適したチェンジマネジメントなど。著書に『経営に資する人事制度』『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』などがある。近年は、海外のAI組織化や先進的なAIネイティブ企業の事例と国内のエンタープライズ企業をつなぐ日本型AXの研究に注力する。

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