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「AIで私は100倍速くなった」それでも会社が速くならない理由

「AIで私は100倍速くなった」それでも会社が速くならない理由

「私自身の生産性は、おそらく100倍になった。しかし、もし普通の会社で働いていたら、そこまで生産性は上がらなかっただろう」

米会計業務向けAI企業Basisの共同創業者Mitchell Troyanovsky氏は、2026年10月の講演でこう語った。100倍という数字は同氏の実感だが、AIを使いこなす個人と企業全体の生産性の間に大きな隔たりがあることを指摘している。

実際、米経営コンサルティング会社McKinseyが8月に発表した調査では、回答者の80%がAIによって自分の生産性が向上したと答えた。しかし、AIが会社の営業利益にプラスの影響を与えたと答えた人は37%にとどまった。

社員の仕事がAIによって速くなっているのに、なぜ企業全体の業績には十分につながらないのか。そして、企業は何を変えればいいのだろうか。

AIを全社員に配っても、会社の仕事は速くならない

Troyanovsky氏は、個人の生産性向上が企業全体の生産性向上につながらない理由として、二つの問題を指摘している。

一つ目は、社員によってAIを使いこなす能力が大きく違うことだ。現在のAIエージェントは、どんな仕事を任せ、どんな情報を与え、どのように動かすかを利用者自身が考える必要がある。一部の熟練者は大きな成果を上げられるが、誰もが同じように使えるわけではない。

二つ目は、もっと根本的な問題だ。社員一人ひとりがAIを使って自分の仕事を速くしても、会社全体の仕事の進め方は変わらない。

例えば、営業担当者がAIを使い、これまで数時間かかっていた提案書を数分で作れるようになったとしよう。それでも上司の承認、法務部門の確認、価格決定などが従来通りなら、顧客との契約までにかかる時間はそれほど短くならない。

個人の仕事が速くなることと、会社全体の仕事が速くなることは違うのだ。

では、企業はどうすればいいのだろうか。

改革① 部署をまたぐ仕事の流れを作り直す

McKinseyは9月の論考で、AIによる業務改革は、部署と部署の間で仕事が滞っている場所から始めるべきだと提案している。

例えば営業部門なら、提案書の作成だけを効率化するのではなく、顧客からの問い合わせ、提案、価格決定、契約締結までの流れ全体を見直す。

部署間で同じ情報を何度も入力していないか。承認を待つ時間が長すぎないか。AIに任せれば省略できる作業はないか。こうした問題を洗い出し、仕事の流れそのものを作り直す。

その効果を裏づける興味深い数字がある。

McKinseyの2026年8月の調査では、AIが営業利益に5%以上貢献し、大きな成果を上げている企業の約4分の3が、AIの活用に伴って業務プロセスを抜本的に再設計していると回答した。それ以外の企業では約4分の1にとどまった。

高い成果を上げている企業ほど、既存の仕事にAIを追加するだけではなく、仕事の進め方そのものを変えているのだ。

こうした改革を社員個人の努力だけで実現するのは難しい。部署間の役割分担や承認手順を変えるには、経営陣が主導し、組織を横断して取り組む必要がある。

改革の成果を測る方法も変えなければならない。社員がAIで何時間節約したかではなく、契約までの日数がどれだけ短縮されたか、会社全体の処理件数や利益がどれだけ増えたかを測ることが重要になる。

改革② AIに仕事を任せるルールと権限を決める

仕事の流れを作り直すうえで、もう一つ重要なのが、AIに安心して仕事を任せられる仕組みだ。

Troyanovsky氏は、AIに求められるのは、ときどき素晴らしい成果を出すことではなく、安定して仕事をこなすことだと強調する。

例えば、ある日は税務の難しい問題を正しく処理できても、別の日には基本的な確認を忘れるようでは、安心して仕事を任せられない。

そこでBasisが開発したが、AIの仕事の進め方を検査する「Behavior Specs(行動仕様)」という仕組みだ。

例えば税務の質問に答える際、正しい結論を出したかだけでなく、回答前に税法や規則などの一次資料を確認したかも検査する。

AIの回答が正しかったかだけではなく、信頼できる手順で仕事を進めたかを確認するわけだ。

Basisは、この仕組みを2026年7月に公開している。

さらにTroyanovsky氏は、AIに任せる仕事の範囲も段階的に広げるべきだと提案する。

最初は限られた仕事を任せ、人間が結果を確認する。安定して仕事をこなせることが分かれば、任せる範囲を広げ、人間による確認を減らしていく。

新人社員に最初から大きな決裁権を与えず、経験と実績に応じて仕事を任せるのと同じ考え方だ。

AIの能力が向上するのを待つだけでなく、企業自身がAIに仕事を任せられる仕組みを作る。その仕組みがあれば、AIの進化に合わせて自動化できる仕事を増やしていける。

改革③ 仕事の経験をAIの改善につなげる

さらに、AIに仕事を任せる仕組みは、企業の新しい競争力につながる可能性がある。

Basisは、AIの仕事の記録を検査し、問題が見つかれば指示やツールを修正して、同じ問題が起きないか再検証する仕組みを運用している。

AIを導入して終わりにするのではなく、日々の仕事で見つかった問題を次の改善に生かすわけだ。

さらに一歩進んで、仕事の経験をAIモデル自体の能力向上に生かす技術も開発されている。

AIモデルの追加学習基盤を開発する米Trajectoryは11月2日、実際の仕事の記録と専門家の評価を使って、AIを効率的に学習させる研究成果を発表した。

従来、企業は社員の経験を蓄積することで組織の能力を高めてきた。今後は、AIが仕事をした記録や熟練社員の判断を蓄積し、AI自身の能力向上にもつなげられる可能性がある。

モデル自体を継続的に学習させる技術はまだ研究開発の段階だが、実現すれば企業の競争力のあり方が変わるかもしれない。

同じAIを導入した企業でも、一方はAIを使うだけで、もう一方は日々の仕事からAIを改善し続ける。数年後には、その企業に蓄積された経験が、AIの能力の差になって表れる可能性がある。

企業の競争力を決めるのは、どのAIを導入したかだけではなくなる。AIを前提に仕事の流れをどう作り直し、どのように仕事を任せ、その経験を次の改善に生かせるか。

AI時代の経営者には、社員の生産性を高めるだけでなく、会社全体が学び、成長していく仕組みを作ることが求められそうだ。