AIが科学の実験を回す 発明・発見が急加速する時代へ
AIが自ら仮説を立て、実験を実行し、結果を分析して次の実験を考える。そんな仕組みが実際に動き始めた。これまで多くの研究者が長い時間をかけて取り組んできた研究を、AIが休むことなく進められるようになる。
米Googleで27年間にわたりAI研究を率いたJeff Dean氏は2026年10月28日、スタンフォード大学で開かれた講演と対談で、科学研究を自動化する新会社Discovery Loopの構想を明らかにした。すでに約20の自動改善ループを稼働させており、専門家の生産性を20〜50倍に高めることを目指しているという。
AIの進化は、これまで人間の質問に答えたり、仕事を代行したりする能力を中心に語られてきた。しかし、AI革命が社会にもたらす最大の恩恵は、科学の発明・発見を飛躍的に加速させることかもしれない。その新しい時代が、いよいよ始まろうとしている。
数十万人の代わりに、数十万のAIエージェント
Dean氏は8月、長年の同僚だったSanjay Ghemawat氏、Quoc Le氏、Oriol Vinyals氏とともに、米AI研究開発企業Discovery Loopを設立した。4人はいずれもGoogleで大規模な情報処理基盤やAIの研究開発を担ってきた技術者だ。
同社が目指すのは、科学研究の進め方を根本から変えることだ。従来、研究者は仮説を立て、実験を準備して実行し、結果を分析する。その結果から新しい仮説を考え、次の実験に進む。Discovery Loopは、この一連の作業をAIに任せようとしている。
研究者が解決したい問題を示すと、AIが問題を小さな課題に分解し、それぞれについて実験を計画・実行。結果を分析して次の実験を考えるところまで自動化することで、少人数の専門家でも大規模な研究開発に取り組めるようになるという。既に数万から数十万のAIエージェントが働くことを想定したシステムを構築済みで、約20の自動改善ループを稼働させているという。
同氏は「私たちの目標は、専門家の生産性を20倍から50倍に高めることだ」と宣言。この数字は同社が掲げる目標に過ぎないが、実現すれば研究開発企業の姿は大きく変わる。これまで数百人の研究者が必要だった仕事を、少人数の専門家が大量のAIエージェントを使って進める。研究開発の規模を拡大するために、人間の研究者を同じ割合で増やす必要がなくなるわけだ。
同社はまず、機械学習の研究・開発やハードウェア設計など、実験をデジタル環境で完結できる分野から取り組む。研究開発の自動化を実現しやすい領域で技術を確立し、将来的には材料科学や医療などにも応用する構想だ。
実験の速度17倍、半導体材料では4倍を目指す
AIによる実験の自動化は、同氏の構想だけではない。他にも同様の動きが始まっている。
AIによる科学研究を行う米Lila Sciences社は2026年9月、グリーン水素の製造に使う触媒の研究で、AIとロボットによる自動実験の成果を発表した。
同社によると、3カ月間で2942種類の触媒候補を合成・評価し、有望な6系統の材料を特定した。従来型の研究室との比較では、触媒を調べる速度が17倍になり、試料1件当たりの人間の作業時間を90%以上削減できたという。
この成果は研究論文として公開されているが、査読前の段階だ。17倍という数字も同社の比較結果であり、科学研究全般で同様の効果が得られることを示したものではない。それでも、AIが次の実験を提案し、ロボットが実行して結果をAIに戻す仕組みが、実際の材料探索に利用されていることは重要だ。
日本でも同じ方向の取り組みが始まっている。
旭化成は11月5日、静岡県富士市にAIと自動化技術を組み合わせたスマートラボラトリーを開設すると発表した。2027年1月から稼働させ、半導体向け感光性絶縁材料「パイメル」の開発に利用する。
この施設では、材料の配合を決める段階から、試料の作製、加工、性能評価までを自動化する。実験結果をAIが学習し、次の配合や実験条件を提案する仕組みだ。旭化成は、一定期間に検討できる材料の組成数を従来の約4倍に増やせると見込んでいる。
4倍という数字は稼働後の見込みで、実績ではない。また、実験数が4倍になっても、新材料の発見数や製品化の速度が同じ割合で向上するとは限らない。とはいえ、こうした取り組みが広がれば、研究者の仕事は、実験を一つずつ実行することから、何を解明すべきかを決め、AIの提案や実験結果を検証することへと比重が移っていく可能性がある。
巨大な研究設備を持たない研究開発企業
研究開発企業にとって、もう一つの変化が起きようとしている。自社で実験設備を所有しなくても、高度な研究を進められる可能性だ。
自然科学研究機構は2026年6月、愛知県岡崎市を中心に、AIとロボットを活用した大型の共用研究施設「iLIS」を整備すると発表した。2026〜2029年度の総事業費は約95億円。2028年度から全国の研究者への本格供用を始める計画だ。
iLISでは、自動合成装置、分析装置などをネットワークで接続し、実験の設計から実行、解析、データ蓄積までを一体化する。研究者は時間や場所の制約を超えて実験設備を利用できるようになるという。利用料金や知的財産の扱いなど、具体的な利用条件は今後公表される。
こうした共用設備とAIを組み合わせれば、研究開発企業の設立に必要な条件が変わる可能性がある。高度な専門知識を持つ少人数の研究者が、自社のAIシステムから外部の実験設備を利用し、新材料や新技術の探索を進める。研究に必要な設備をすべて自社で保有する必要はなくなるかもしれない。
AIによる研究の自動化にも課題はある
AIによって研究者の仕事を減らせても、研究開発にかかる費用が同じように減るとは限らない。AIを動かす計算資源や実験設備には多額の投資が必要だからだ。
実際、米AI科学研究企業Lila Sciencesは2025年10月までに累計5億5000万ドルを調達した。資金はAIとロボットを組み合わせた自動実験施設の拡張などに使われるという。
もう一つの課題は、研究工程ごとの速度の違いだ。米Googleや米MITなどの研究者が2026年9月に発表した研究論文では、調査対象の科学者の44%が、AIの導入によって研究のボトルネックが物理的な実験やデータ収集などに移ったと回答した。AIが大量の仮説を生み出しても、それを検証する実験が追いつかない可能性がある。
AI革命の真価は、科学の発明・発見にある
それでも、AIによる研究の自動化は、人類が科学の新しい知識を生み出す速度そのものを変える可能性がある。
OpenAIのCEO、Sam Altman氏は2026年の対談で、科学の進歩を加速することが「人々の生活の質を向上させるうえで、AIの最も重要な貢献になることを期待している」と語った。米AnthropicのCEO、Dario Amodei氏はエッセーで、今後50〜100年分の生物学・医学の進歩をAIによって5〜10年に凝縮できる可能性を予測。米Google DeepMindのDemis Hassabis氏も、AIが科学に「発見の新たな黄金時代」をもたらすと語っている。
AI業界を率いるトップたちが共通して期待するのは、AIが人間の仕事を代行すること以上に、これまで解けなかった科学の難問を解き、新しい発明や発見を生み出すことだ。
その未来は、もはや構想だけの話ではない。AIが仮説を立て、実験を行い、結果から次の実験を考える仕組みが、実際に動き始めている。人類が科学の発見を飛躍的に加速させる時代が、いよいよ始まろうとしている。