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    アストラゼネカ✖️エクサウィザーズ

ユーザーに届けるべき価値をプロジェクト全体で共有
ヘルスケア領域の専門知識を生かして、AIアプリ開発を成功へ導く
アストラゼネカ✖️エクサウィザーズ

2023年9月5日

アストラゼネカ株式会社

アストラゼネカは、英国・ケンブリッジに本社を置き、世界100ヵ国以上に拠点を持つ製薬会社。「サイエンスの限界に挑戦し、患者さんの人生を変える医薬品を届ける」をパーパスとして掲げ、数々の革新的な医薬品を世の中に送り出してきた。日本法人は2000年に発足。患者さんの健康に貢献し、あらゆる関係者への価値を生み出すべく、日夜努力を続けている。

概要

overview

循環器・腎・代謝 (CVRM) はアストラゼネカの主要疾患領域のひとつ。今回は、慢性腎臓病(CKD)の患者さんなど、カリウム値を気にする方向けに、食事中のカリウム値を可視化・記録するアプリを共同で開発した。もともとエクサウィザーズは、ヘルスケア領域でのAI活用に多くの知見を持っており、事業開発メンバーのみならず、デザイナーやエンジニアもチームメンバーに揃え、一気通貫の体制で臨んだ。

課題

・ダイエット目的や生活習慣病の予防など、幅広いユーザー層を対象にした同様のサービスがある中で、誰にどんな価値を提供するべきか検討が必要だった
・共同開発プロジェクトのため、多くのステークホルダーがいる中で、それぞれの論点を整理しながら、プロジェクトを進める必要があった

解決

・アプリの目的を高カリウム値が及ぼす疾患の啓発と食事管理のサポートに絞り、ミニマムな機能でプロダクトを作ってリリースし、その後ブラッシュアップしていく「MVP」という開発手法を採用した
・エクサウィザーズの持つ、ヘルスケア領域でのアプリ開発の知見を生かし、課題となりそうな論点を早め早めに展開。各ステークホルダーの合意を取ることで信頼関係を築いていった
・リリース後、写真を撮るだけで簡単にカリウム値などを記録できる「ハカリウム」の革新性や使いやすさが患者さんや医師から高評価を得ている
・アストラゼネカの医療情報担当者からも「自分の仕事が患者さんの生活の質向上に貢献している実感が得られて嬉しい」という反応を得ている

事例の紹介

血液中のカリウムの濃度が異常に上昇した状態になってしまう疾患である「高カリウム血症」。本来、血液中のカリウムの濃度は、腎臓から排出することで調整されるが、慢性腎臓病(CKD)などで、腎機能が低下すると「高カリウム血症」になりやすい。血清カリウム値が異常に高いと、致死的な不整脈や心停止を引き起こすこともある。

こうした患者に対しては、厳格な食事管理・制限が求められるが、これまでは、カリウム値の管理が患者の負担となることが多かった。そこで、今回アストラゼネカとエクサウィザーズが共同で開発したのが、食事を撮影するだけで簡単にカリウム値を可視化・記録することができる「ハカリウム」だ。 

カリウム値を気にする方が、より簡単に日々の食事を記録、管理できるようになり、医師や栄養士との連携もスムーズになったという。今回の取り組みを通して、両社はどのような知見を獲得し、今後どのようなチャレンジに取り組もうとしているのだろうか。 

アストラゼネカ 循環器・腎・代謝事業本部 腎領域 ブランドマネージャー 金子 翔平氏と、プロジェクトマネジメントを担当した、エクサウィザーズ 産業イノベーション事業統括部 Care & Med Tech事業部 東原 達矢、デザインのリードを担当した、サービスイノベーション事業部 デザイン部 山崎 三千の3名で、今回のプロジェクトを振り返る。

カリウム値を気にする患者さんの食生活をサポートするツールを開発したい

今回、カリウム値の可視化・記録アプリ「ハカリウム」開発のきっかけには、どのような背景があったのだろうか。アストラゼネカ 循環器・腎・代謝事業本部 腎領域 ブランドマネージャー 金子 翔平氏は次のように説明する。「慢性腎臓病(CKD)の患者さんには、かなり厳格な食事制限が必要です。カリウム値やタンパク、リン、カロリーなどを気にしながら、食事を取らなければいけません。その管理がとても負担だという話を以前から聞いており、その食生活をサポートするツールを開発したいと思っていました」 

アストラゼネカ 循環器・腎・代謝事業本部 腎領域 ブランドマネージャー  金子 翔平氏

アストラゼネカは、2年ほど前から、血液中のカリウムの濃度が異常に上昇した状態になる疾患「高カリウム血症」の患者さんや治療される医師と接する中で、カリウムの摂取のバランス管理に困っている声が非常に多いことが分かった。この課題に対して、何らかのアプローチができないか、社内で検討していたという。 

「本格的に市場調査をしてみたところ、我々の想像以上に、患者さんにとっても医療従事者にとっても、カリウム値の管理に対しての負担感が大きいということが分かってきました」と金子氏。

その調査から、アプリを開発する上で見えてきた課題は、次の2つだ。1つは、高齢の方も利用することが見込まれるが、スマートフォンなどのデバイス操作に慣れてもらえるだろうかという点。そしてもう1つが、人によって食事管理への意識の差が大きく、サービス対象者の照準をどこに定めるかという点だ。

プロジェクトマネジメントを担当した、エクサウィザーズ 産業イノベーション事業統括部 Care & Med Tech事業部 東原 達矢は「食事の写真を撮って、栄養管理をするようなアプリは他にもいくつかあったのですが、その多くはダイエットや生活習慣病の予防など、幅広いユーザー層を対象にしたサービス設計がされていました。そこで、我々はカリウム値に絞って、高齢の方でもシンプルで使いやすい設計にしていこうと考えました」とは語る。

エクサウィザーズ 産業イノベーション事業統括部 Care & Med Tech事業部  東原 達矢

こうした方針を受けて、デザインチームではどのようなアプローチを考えたのだろうか。エクサウィザーズ サービスイノベーション事業部 デザイン部 山崎 三千は次のように説明する。「高齢の方も多く利用することが見込まれるということで、文字サイズはもちろん、コントラストやテーマ色など、アクセシビリティを強く意識して視認性を検討しました。また、カリウム値を気にする方にとって、負担にならず習慣的に利用してもらうために、必要最低限な項目が何かを協議し、表示すべき項目を精査していきました」 

株式会社エクサウィザーズ サービスイノベーション事業部 デザイン部  山崎 三千 

「このサービスを誰に届けたいのか」何度も議論し、価値観を共有 

コロナ禍の中で進められたプロジェクト。東原は、リモートでのミーティングでコミュニケーションのギャップが起きないよう意識したという。「何か論点になりそうなところは、早めに議題に出して合意形成するようにしました。こういったところをおろそかにすると、信頼関係が築けず、何ごともうまく進まないと考えました」  

プロジェクトの初期の段階で一番多く議論したのは、このサービスを誰に届けたいのかという点だ。金子氏はこの頃のことを、次のように振り返る。「この点は何度も議論しました。腎機能が悪い患者さんだけでなく、循環器心不全の患者さんなど、カリウム値を気にされる方は意外に多いのです。そこで最終的には、アプリの目的を、高カリウム値が及ぼす疾患の啓発と食事管理のサポートに絞ることに決めました」 

これを受けて採用したのが、まずはミニマムな機能でプロダクトを作ってリリースし、その後ブラッシュアップしていく「MVP(Minimum Viable Product)」という開発手法だ。

東原は「アストラゼネカ様が調査したユーザーの声は、かなり多岐に渡っていました。しかし、それらの要望を、全部一気に実装しようとするとコストも時間もかかります。また、リリース後、実はそれほど必要のない機能だったとなる可能性もあります。想定ユーザーと機能をどのように絞っていくかの議論に、かなりの時間をかけました」と振り返る。 

デザインや開発に関しても、エクサウィザーズのこれまでの知見が存分に生かされることとなる。もともとエクサウィザーズには、ケア事業や介護事業など、ITを得意としていない業界に向けてサービスを開発してきた背景がある。

「人々の健康に関する分野ですので、数値や文言の表記については厳密さが求められます。数値の単位が少し違っただけで、意味がまったく変わってしまう世界なのです。そうした感覚は我々にもありましたが、より専門的な領域に関して、アストラゼネカの皆さまに指導してもらいながらユーザー体験の検討を進めていきました」(山崎)

こうして2022年11月、食事を撮影するだけで簡単にカリウムを推測することができるアプリケーション AIフードスキャナー「ハカリウム」がリリースされる。

開発期間はおよそ1年。これほどまでにスピーディに開発できた理由を東原は次のように語る。

「やはり、本当に提供すべき価値はなんなのかという基準を早い段階から共有できていたのがよかったと思います。そこが決まっていないと、検証すべきポイントがぶれてしまうからです。その後は、高カリウム血症の専門分野に関しての現場の知見を多くお持ちのアストラゼネカ様と、デザインの知見を持つ山崎、そして、ヘルスケア領域のアプリ開発の知見を持つ私やエンジニアたちが連携を取りながら、一気通貫でプロジェクトを進められたことが、短期間のリリースにつながったと思います」  

デザイン提案で山崎が意識したのは、初期の段階から具体的な絵を見せることだ。「ワイヤーフレームレベルでもいいので、具現化したものを見てもらって認識合わせをしていくことが大切だと考えました。その都度の作業は大変になるのですが、後々の手戻りが減るなど、これも開発期間を短縮した要素だと思います」 

医療情報担当者も自身の仕事を通じて、患者さんの生活の質向上への貢献を実感 

リリース後、患者さんや医師からの反応は上々だという。「文字の大きさや使用感など、高評価をいただいています。また、医師からは、このアプリ自体が画期的だという声もいただきました」と金子氏。 

これまでの食事管理では、手書きのメモでまとめていくしか方法がなかった。「ハカリウム」であれば、写真を撮るだけで簡単にカリウム値などを記録することができる。学会で「ハカリウム」を紹介してもらうこともあるなど、医師の間でも注目を集めつつあるという。

利用者数も想定以上の伸びだと東原は説明する。「我々が想定していた数よりも一桁多いくらい、思った以上のペースでユーザー数が伸びてよかったですよね。やはり最初の機能の絞り込みがうまくいったのかな、と思います」 

また、アストラゼネカ社内においても、良い影響が出始めているという。「医療情報担当者からは、自分の仕事が、患者さんの生活の質向上に貢献している実感が得られて嬉しい、という反応をもらっています。モチベーションにもつながっているのではないでしょうか。『ハカリウム』のパンフレットなども用意しましたが、非常に多く医療従事者を通じて患者さんへお届けされているので、我々としてもすごく嬉しいですね」と金子氏は語る。 

エクサウィザーズも、この「ハカリウム」のリリース後、医療関連アプリの共同開発の打診を数社からもらっているという。「医療業界全体でも『ハカリウム』は注目度の高いサービスなのだと実感しています」(東原)

「我々には患者さんに対してもっとできることがある」アプリ開発を通じて気づく 

金子氏は、今回のアプリ開発を通して、より患者さんのことを考えられるようになったと語る。「チームで『患者さんのために何ができるか』を真剣に議論できたのは、我々の成長につながりました。今まで、どこまで患者さんの普段の食生活のことを考えながら提案できていたのだろうと、改めて考えましたね。我々には、もっとできることがあると感じました」

アストラゼネカは「ハカリウム」を、今後、どのように展開しようと考えているのだろうか。「『高カリウム血症』の患者さんは、日本に30万人ほどいらっしゃいますが、突然死などにもつながる恐ろしい病気です。『ハカリウム』を通して、この知識を啓発することも重要になってくると思っています。今後は、このアプリを使って、医師や栄養士がより栄養指導が行いやすくなるようなことを考えていきたいと思います」

エクサウィザーズとしても、自社の持つ他のAIサービスと組み合わせて新たな顧客体験価値を提供できないか模索していく。エクサウィザーズは、すでに、メンタルヘルスの領域や運動機能維持向上などのAIサービスを手がけており、それらとの親和性は高い。「我々が他で持つサービスと、今回の食事管理を組み合わせることで、生活習慣を改善し、病気の予防につなげたり、健康をより向上させたりするようなサービスを展開できないかと考えています。例えば、栄養バランスを踏まえて、カリウム値を向上させない献立をAIがリコメンドすることで、楽しく食事が摂れるようになるなどといったものです」と東原は語る。

多くのステークホルダーの論点を調整。良いコミュニケーションが共同開発の成功の鍵

こうした、企業同士の共同開発では、どうしても多くのステークホルダーが存在することになり、その分、意識しなければならない要素も増えていく。ステークホルダーそれぞれの立場での論点を整理していかなければ、思いもよらないトラブルが噴出することにもつながりかねない。 

「ヘルスケアの領域で、何が論点になるかを意識するには、その肌感覚がないと無理ですよね。その領域の専門家をアプリ開発の体制に入れながらも、多くのステークホルダーが納得するように進められるかどうかが、こうした共同開発の成功の鍵となるでしょう」(東原)

金子氏は、今回のエクサウィザーズのアプリ開発支援をどのように感じたのだろうか。「エクサウィザーズのみなさんは、『高カリウム血症』や『慢性腎臓病(CKD)』など、自分の知らない知識を一生懸命調べてくれた上で、我々に質問してきてくれました。こうしたコミュニケーションを大切にするスタイルのおかげで、価値観の共有がすごく上手くできたと思います。今後、他の企業と組む場合にも、自分の中で大切にしていきたい部分だと感じました」

こうして、アストラゼネカとエクサウィザーズのアプリ共同開発プロジェクトは成功を収めた。それぞれの専門領域の強みを生かしながらも、何度も議論を重ね、誰にどんな価値を届けるべきかを追求していったことが、この結果を生んだに違いない。今後も両社は、人々の健康やウェルビーイングの増進という社会課題解決に向けて連携を強めていく。

photo : Ai Tsushima 

Member

  • 東原 達矢
    東原 達矢
    株式会社エクサウィザーズ
    産業イノベーション事業統括部
    Care & Med Tech事業部
  • 山崎 三千
    山崎 三千
    株式会社エクサウィザーズ
    サービスイノベーション事業部
    デザイン部
※記事中の役職名は取材当時のもの
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