東京電力×エクサウィザーズ
AXアイデアソンで拓く、生成AIを活用した新事業アイデアの創出
課題の自分ごと化で、業務変革をグループ全体に拡大へ
東京電力ホールディングス株式会社
日本を代表する電力会社の一つであり、首都東京を含む関東地域を中心に、エネルギー供給インフラを担っている。主要事業は、福島事業・原子力発電事業・再生可能エネルギー発電事業・送配電事業・小売事業などで、エネルギーの持つ可能性を拡げ、持続可能な社会の実現を目指して事業を展開している。
概要
overview
東京電力ホールディングス株式会社(以下、東京電力HD)は生成AIの業務適用や新事業創出を後押しするためのアイデアソンを実施した。全社員参加の取り組みにするため組織基幹事業会社のDX推進箇所とも連携。グループ横断の事務局を設置し、運営した。また、生成AIの基礎知識を習得し活用につなげるための大規模な研修も実施。社内から170件のアイデア募集があり、最終的に2つの案を選定、実用化に向けて検証を重ねている。
課題
東京電力HDは国内の3分の1の電力データと膨大な設備を保有している「データリソースカンパニー」だ。一方で、同社ではデータの価値化」を課題として捉えていた。それを踏まえ、変革に向けた手段として社内外に示したのが「徹底的なデータ化」である。勘や経験による属人的なビジネススタイルから、データを起点に意思決定するスタイルに変えていくことで既存業務を磨きこみ、新たな価値創出につなげることでビジネスモデルを変革していく考えだ。ただ、その実現には、社員一人ひとりがデータやデジタル活用での業務変革を「自分ごと」として向き合い、進めていく必要があった。
解決
2023年初夏、東京電力HDで生成AIを自社環境に構築する取り組みが始まり、社内からユースケース(活用事例)を募ったところ「現場目線で選ぶことが重要」との声が寄せられた。そこで、DX部門が社員誰もが参加可能で、業務変革を「自分ごと」と捉えるきっかけの場として生成AIアイデアソンをスタート。具体的には、エクサウィザーズが提供する、生成AI利用アイデア探索から業務への実装実現までを一貫して支援するためのプログラム「AXアイデアソン」を導入。ユースケース探索、具体化、利用促進の課題解決プログラムをグループ大で取り組んだ。
事例の紹介
「業務を進める上でChatGPTの活用が進まず悩んでいた。エクサウィザーズのAXアイデアソンを受けることで、生成AIの実務適用に向けた具体的なイメージが出来た」
今回のプログラムに参加した、東京電力ホールディングス株式会社(以下、東京電力HD) DXプロジェクト推進室 DX人財開発グループマネージャーの木村隆一氏は、このようにプログラムの課題解決アプローチを評価した。
同じくプログラムに参加した、東京電力リニューアブルパワー株式会社 風力部 プロジェクト推進センター 地域共生グループ 兼 開発調整グループ 課長の志賀優夏氏は、「近年のChatGPTのニーズを見ると、絶対乗り遅れてはいけないと思っていた。最初は好奇心で参加したが、すぐに引き込まれ自然とアイデアが湧いてきた」と振り返った。
今回、東京電力HDが採用したAXアイデアソンは、企業のDXの推進部門などが直面する、生成AIのユースケース探索や具体化、利用促進の課題を解決するためのエクサウィザーズのプログラムである。アイデアソンの設計から運営、実施、さらにはPoCに値する業務変革アイデアの選定までを一貫して支援し、生成AIの組織内への実装を実現するものだ。
東京電力HDは2022年よりDX人財の育成施策についてエクサウィザーズと検討を重ねてきた経緯から本プログラムを採用した。2023年9月以降、全社からアイデアを募集し、同年12月には約70人が参加する大規模なワークショップを開催。アイデア2件の具現化に至り、実装を目指している。
先の木村氏、志賀氏は、ここで選定されたアイデアの提案者だ。まずは、この2件について取り組み内容と成功要因を紐解いていく。
調達交渉の業務における生成AIの活用戦略
東京電力ホールディングス株式会社 DXプロジェクト推進室 DX人財開発グループマネージャーの木村隆一氏
木村氏は2023年12月のアイデアソン参加当時、福島第一原子力発電所における廃炉・汚染水対策に取り組む福島第一廃炉推進カンパニーの資材調達部門に所属していた。
福島第一原子力発電所の廃炉に必要な資機材・工事の調達を行っており、適正な価格での調達が重要なミッションの一つだ。今回は「サプライヤーとの交渉業務における生成AI活用」を提案した。「サプライヤーとの交渉におけるスキルやノウハウは属人化しやすく、交渉技術向上を目的とした交渉ロールプレイ研修も年に一回程度。その課題を生成AIで解消し、全社の交渉力の質を高めていきたい」(木村氏)。
木村氏は、今後日本では少子高齢化がさらに進展し、企業ではますます人手不足が深刻化する、また豊富な知識やスキルを保有するベテラン社員の大量退職も進んでおり、20-40代の現役世代を中心にこのままでは業務が回らなくなることへの危機感を強く抱いていた。そのような背景から、アイデアソン開催前よりデジタル技術の知見を養うためのコミュニティを組成し、活動に取り組んでいた。 「コミュニティメンバーにおいて、デジタル技術に対する知見や変革に対するマインドは醸成できていたものの、なかなか実際の業務で活用できない共通課題を抱えており、今回の取り組みは渡りに船だった」(木村氏)と振り返った。
洋上風力発電事業を通じた生成AIによる、自治体へのまちづくり提案
東京電力リニューアブルパワー株式会社 風力部 プロジェクト推進センター 地域共生グループ 兼 開発調整グループ課長の志賀優夏氏
志賀氏の所属する東京電力リニューアブルパワーは、2020年4月に東京電力HDの再生可能エネルギー事業を承継して設立された専業会社である。水力・風力・太陽光合計で約1,000万kWの設備量を有するとともに、新規の電源開発を積極的に進めており、国内外に再生可能エネルギーを普及させ、社会全体でのカーボンニュートラルの実現を目指している。
近年、強い風が安定している海洋上での風力発電事業の開発が進んでいるという。風況の良い海域は全国に点在しており、当該自治体に対して洋上風力発電事業への期待や要望を伺うとともに、地域に根ざした産業の発展に貢献する提案をしているところだ。
今回のアイデアソンで志賀氏は、『グループ商材の自治体向け”まちづくり提案書”のドラフト作成』を提案した。東京電力HDでは「地域の皆さまのお役に立ちたい」という思いから安心・安全なまちづくりに貢献する『パートナーズ・ナビ』というグループ商材ガイドを制作している。しかしサービスメニューの多さから各自治体に合ったGXに訴求できるようなソリューションを適切に選択・提案することへの難しさを感じていた。その課題を解決するために生成AIを活用して洋上風力発電事業を通じた地域振興策と持続可能なまちづくり提案を行えるようにしたいという思いからこのアイデアを発案した。
全国の自治体を訪問している志賀氏は、「AXアイデアソンを通して生成AIを活用してできることの可能性を感じられた。この取り組みにより、私たち風力部だけではなく、東京電力グループ全体のフロント営業にかかわる社員が、生成AIを活用して効率的かつ魅力的な提案ができるようにしたい」と意気込む。
組織の壁を越えた変革に向けて、事務局を設置・運営
東京電力HDは、エクサウィザーズのAXアイデアソンを活用し、どのようにして生成AIを活用したグループ横断でのアイデア創出をし遂げたのか。具体的な取り組みをみていこう。
今回の取り組み、業務変革の自分ごと化に向けて、基幹事業会社も含めた東京電力グループ全体の社員が対象となる大規模なものだ。そこで、東京電力HDのDXプロジェクト推進室が事務局を立ち上げ、基幹事業会社からのメンバーを募り、「合同事務局」を組成し、準備から社内プロモーション、運営、フォローアップを共同で推進してきた。
東京電力ホールディングス株式会社 DXプロジェクト推進室 プロジェクト支援グループマネージャーの松永美由紀氏
事務局を統括する、東京電力HD DXプロジェクト推進室 プロジェクト支援グループマネージャー 松永美由紀氏は「組織横断で、全社員参加型の取り組み。現場にあふれるアイデアやヒントを形にしていくために各組織の事務局メンバーを通じて状況をしっかり把握し、参加のしやすさや伝わりやすさを意識した運営をする必要があった」と振り返った。
まず、事務局側でアイデア募集に向けたアンケートを作成した。「日常業務において、生成AIを活用することでどのようなカイゼンが見込めるか」というアイデアを広く募るためのものだ。
その雰囲気を盛り上げるため、広報部門とも連携し、事務局メンバー全員が参加してアイデアソンの告知動画を作成。食堂や会議室など社内各所で配信し、浸透を図っていった。
生成AIを使いこなす大規模な基礎研修も実施
一連の取り組みでは生成AIをフルに活用している。そのため、環境準備とともに使いこなすための知識を得るステップも重要だった。
それに向けて、環境はエクサウィザーズグループのExaEnterprise AIが提供する法人向けChatGPT「exaBase生成AI」を活用。加えて、アイデアソンに先駆けて、事前研修「GPTセミナー」を開催した。
東京電力ホールディングス株式会社 DXプロジェクト推進室 総括グループ 兼 稼ぐ力創造ユニット組織・労務人事室 チームリーダーの熊久保崇氏
「AXアイデアソンは、社内に隠れた次世代の生成AIを活用する人材の発掘と育成という目的もあった」。事務局メンバーであるDXプロジェクト推進室 総括グループ 兼 稼ぐ力創造ユニット組織・労務人事室 チームリーダーの熊久保崇氏はこう振り返る。
今回の取り組みは、業務変革を「自分ごと」として捉えてもらうきっかけとなる、社内の試みだ。そのため、エクサウィザーズと東京電力HDの事務局側で、セミナーの企画・設計段階から綿密な計画を練り上げていった。
特に、研修「GPTセミナー」ではアイデアソンへの応募イメージをもってもらうように、初歩的な生成AI活用ノウハウをコンテンツに組み込んでいることも特徴である。「単にDXという概念や生成AIの知識を得てもらうだけではなく、受講する一人ひとりが、内容に共感し、具体的な業務適用を考えられるような『自分ごと化』の仕掛けが必要だった。『伝わりやすいかどうか』『理解してもらえるか』を強く意識した。また『育成にもつなげたい』という想いを込めて、何日間もかけてセミナーやアイデアソンで活用するプロンプトを精査している」(熊久保氏)。
「GPTセミナー」ではエクサウィザーズ常務取締役の大植択真が、生成AIの理解を深めることを目的に、生成AIの歴史などの背景から、活用に向けたハードルと解決策、活用・導入事例、プロンプト例などを紹介。そのうえで、実際に活用する上で避けては通れない、生成AIの限界やリスク、利用ガイドライン例などを盛り込んだ。
事前の社内宣伝活動とコンテンツ内容が奏功し、結果同セミナーには役職問わずに累計で約450人もの社員が参加。出だしとしては盛況となった。
事務局メンバーであるDXプロジェクト推進室 プロジェクト支援グループチームリーダーの笠原宏太氏は「東京電力グループは、デジタル関係のスキルや知識について詳しい人もいればそうでない人もおり、その幅が広い。これをエクサウィザーズがしっかりとコントロールしてくれてここまでこれた」と語る。
フェーズ毎に評価手法を工夫
GPTセミナーの終了直後から、社内に向けてアイデア募集を開始。事前の研修や社内プロモーションなど事務局の取り組みが奏功し、1カ月で約170件ものアイデアが社内各所から集まった。
アイデアを具体化し、実装させるためにも、まずはアイデアの峻別や評価基準の策定といった支援策が必要だった。exaBase 生成AIを活用することで、提案内にある大量の文書を効率的に分類・評価した。
具体的には、「新規性」「ビジネスインパクト」「生成AIとの相性」「問いの質」の4つの観点から、10段階でGPTを使って評価を実施した。
東京電力ホールディングス株式会社 DXプロジェクト推進室 プロジェクト支援グループ チームリーダーの笠原宏太氏
そのうえで、生成AIを活用する妥当性、ほかのサービスにない斬新性、東京電力グループで取り組むべきアイデアかどうかについて事務局内で評価し、基準を満たしたアイデアを採用した。「今回のプロジェクトは実際の案件化を目指している。課題の質や重要さ、実現性、それらを自分でしっかりと語れているかが重要なポイントだった」(笠原氏)。
アイデアソンの実施後には、選抜したアイデアをさらに具体化すべく、「ステージゲート法」と呼ぶ手法を元にして、選定基準・検証項目・実施方法などを東京電力グループ向けにアレンジすることにした。プロジェクトを一連の段階(ステージ)に分割し、各段階の終わりにゲート(決定ポイント)を設け、そのゲートで特定の基準や成果物が評価され、承認を得るというものだ。
例えば、最初の「ゲート1」ではデータの可用性やモデルの難易度、業務ルールとの整合性、生成AI活用に適したものか、といった側面で絞り込んだ。そして、アイデア企画の段階である「ゲート2」では、財務インパクトや対象とする課題の質など「効果」を重視して評価を行った。笠原氏は「最初は財務インパクトや実現性などを中心に見ていたが、エクサウィザーズ側にも協力いただいて、課題の影響度、プロジェクト担当者の推進力なども考慮に入れることで、案件化に向けて適切な観点で評価することができた」と話した。
こうした評価基準に則り、ゲート2では10個のアイデアを選出した。そして通過した起案者に対して初期的なインタビュー及び詳細検討・修正等を行うことで、アイデアの精緻化を図っていった。
最後の「ゲート3」では「実現性」など、実装に向けた項目を重視していった。簡易プロトタイプ、アイデア詳細シート、業務フロー図、インタビュー結果を元にして、より精緻な評価を実施。最終的に、木村氏と志賀氏が提案した2つのアイデアを選出した。
今後も新たな領域で生成AIを活用へ
今回の取り組みは、単に一度きりの大規模社内イベントとして終結させるものではなく、生成AIを利活用した業務変革をグループ全体に拡大・推進していくためのきっかけとなるものだ。松永氏は「参加してくれた社員の行動を活かしていくためにも、技術検証等、具体化していくことで『行動してみてよかった』と思っていただけるよう注力した」と強調した。
選抜された両アイデアは、その後仮説の業務フローとデザインモックアップを準備した上で、インタビューを実施。仮説をベースにアイデアの価値や体験内容を確認した。今後は、求める成果に必要な精度を得られるかという技術的な検証を予定している。
調達関連のアイデアを提案した木村氏は、「まずはアジャイル的に検証を進め、グループも含めた関係者に期待感を持ってもらいながら改良していきたい」とした上で「生成AIはあくまできっかけであり、これから様々な領域でデジタルを取り入れていきたい。デジタルに順応する環境づくりこそが今回の狙いであり、アイデアソンはまさにその第一歩となった」と話した。
AXアイデアソンを実施した効果はすでに表れ始めているようだ。「アイデアソンで取り組んだメンバー同士で、グループを横断するようなチャットグループができた。また、当選しなかったアイデアにも、事務局がコメントをフィードバックしており、そこから新たな発想にもつながり始めている」(志賀氏)。
株式会社エクサウィザーズ デザイン部 サービスイノベーションデザイングループの村田智士
このように今回のアイデアソンのカギを握っていたのは、やはり事務局だ。エクサウィザーズでプログラムの提供を統括した、デザイン部サービスイノベーションデザイングループの村田智士は「モチベーションの高い事務局機能があったからこそ、グループの組織の壁を超えた取り組みを実行でき、成功したプロジェクトだった」と話した。
今回のプロジェクトで創出されたユースケースは、根底の課題感が共通しており、汎用性が高いものもあった。
松永氏は「ぜひこれらの事例を横展開し、社内でより一層アイデアが創発される取り組みを加速させたい。実現に向けては、事務局としても事例をしっかり可視化していくことが肝要である。今回の取り組みを“単一のプロジェクト”として終わらせることなく、今後もこの学びを活かして組織の壁を超えた業務変革を推進していく。生成AIの可能性は無限大であり、今後も新たな領域で活用を進めていきたい」と全体を総括した。
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村田 智士株式会社エクサウィザーズ
デザイン部 サービスイノベーションデザイングループ