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ヤマト運輸、MLOpsで経営リソースの最適配置を実現
「お手本がないものを1から作り上げ、機械学習モデルの運用安定と高速化を勝ち取った」

2022年8月3日
  • #MLOps
  • #機械学習活用

ヤマト運輸株式会社

宅配業界最大手で、社員数約18万人、全国に約4000の拠点を持つ。コロナ禍によるECの増大などに対応するためテクノロジーの活用による、現場オペレーションの革新に取り組んでいる。

概要

overview

宅配業界最大手のヤマト運輸は2020年7月からエクサウィザーズとともに、配送センターなどの拠点における業務量の予測の精度向上による経営リソースの最適配置に、機械学習(Machine Learning)の技術を応用することで取り組んだ。

課題

・コロナ禍を期にした需要の増大に、従来手法の貨物量予測では限界を迎えようとしていた。
・機械学習による貨物量の予測に取り組んでいたが、AIモデルの開発と運用との連携に時間がかかっていた。

解決

・MLOps(Machine Learning Operations)」と呼ぶ、機械学習モデルを継続的に改善する手法を導入
・機械学習モデルの開発・実装から運用までのサイクルを、継続的に改良できるようになった。

事例の紹介

宅配業界最大手のヤマト運輸は2020年7月からエクサウィザーズとともに、機械学習(Machine Learning)の技術を応用し、宅急便の集配を行う営業所における業務量予測の精度向上に取り組んでいる。「MLOps(Machine Learning Operations)」と呼ぶ、機械学習モデルを継続的に改善する手法の導入と、安定的な運用、高速化を実現した。機械学習モデルの開発・実装から運用までのサイクルを、継続的に改良できるようになった。

MLOpsの導入は、国内の大企業としては珍しい先進的な取り組みである。いかにして、ヤマト運輸とエクサウィザーズのプロジェクトを遂行することができたのか。

ヤマト運輸でDX戦略を担当する執行役員の中林紀彦氏、デジタル戦略推進部シニアエキスパート 上野裕一氏と、MLOpsの導入を支援しているエクサウィザーズのAIプラットフォーム事業部 イノベーションアーキテクチャ部 AIコンサルタントの毛利拓也を交えて、お話を伺った。司会は本プロジェクトに携わったエクサウィザーズの執行役員・社長室長を務める河井浩一が担当した。

経験と勘から脱却するためにMLOps導入は自然な流れ

「MLOpsの実装は手探り状態でしたが、データ・ドリブン経営には不可欠です」ヤマト運輸の中林氏はこう断言する。

では、ヤマト運輸はなぜ、業務量予測に取り組もうと決断したのだろうか。どのような課題を抱えているのだろうか。

中林氏はこう続ける。
「端的に言えば『経験と勘からの脱却』です。宅急便のビジネスモデルは1976年に生まれました。高度成長期は、経済規模に比例して着実に荷物の取扱量が伸びていたため、業務量は「経験と勘」である程度予測できていました。しかし、現在は未来の予測が困難なVUCA時代と言われ、物流業界はさまざまなリスクにさらされています。コロナ禍における外出自粛を契機にEC需要が急拡大しました。このような背景の中で増え続ける荷物に対し、経験と勘だけでは対応できません。こうした課題を解決し、世の中の変化に対して柔軟かつ迅速に対応するためには、データ分析に基づいた意思決定ができる体制の構築が急務でした」

VUCA=Volatility・Uncertain・Complexity・Ambiguityの略

今回のプロジェクトに携わった、ヤマト運輸の中林氏(左)、同・上野氏

ヤマトホールディングスは2020年1月、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を発表した。その中で「宅急便のデジタルトランスフォーメーション(DX)」や「データ・ドリブン経営への転換」など、データに基づいた経営の推進を明確に打ち出している。

こうしたデータ・ドリブン経営の一環として取り組んでいるのが、MLOpsを活用した機械学習モデルによる業務量予測と、そのモデル自体の継続的な改善である。

今回対象としているシステムは2つある。

1つ目が全国に約3500カ所ある宅急便の集配を行う営業所の業務量予測である。ヤマト運輸は、年間約22億7600万個(2021年度)の荷物を取り扱っている。各営業所の3カ月先の業務量を、1日ごとに予測することで、営業所のスタッフや車両など、経営リソースの最適配置と、コスト適正化を図ることが目的である。

2つ目がEC発送の荷物量予測である。

EC発送の荷物量は、過去のデータを分析し、ほぼリアルタイムで可視化できる体制を構築した。配送の一部は、パートナーの運送業者にアウトソースしている。荷物量の予測モデルに基づいて、必要なリソースをパートナーに事前通知し、足りない場合は自分たちで確保している。現在はこの予測モデルを利用して2週間から3週間先の荷物量を精緻に予測し、それに基づいて次週の委託量を決定しているという。

ヤマトホールディングスは「YAMATO NEXT100」発表のタイミングで、データ基盤「Yamato Digital Platform(YDP)」を再構築している。業務量予測モデルの開発と並行し、クラウドサービスのMicrosoft Azure上でデータを一元管理できるクラウドネイティブなデータ基盤を整備した。その先行的な取り組みとしてMLOpsを導入し、使用頻度が高い業務量予測からモデル開発を始めたのだ。

その背景として、ヤマト運輸で機械学習モデルの開発・運用を担当する上野氏は、「以前は事業会社ごとにデータがサイロ化されており、データ基盤もクラウドネイティブではありませんでした」と語る。

 

ではヤマト運輸はなぜ、難易度の高いMLOpsに挑戦したのだろうか。

中林氏は、「目指したのは機械学習モデルの運用高速化と担当者の作業負荷軽減です。毎月運用する機械学習モデルは複数あり、その作業は多岐に渡ります。作業負荷の高い状態が続いていたため、機械学習モデルの効率的な開発に、MLOpsの環境を構築することは自然な流れでした」と説明する。

具体的には、月次トランザクションデータの収集・加工や学習データの準備、マスタファイルの準備や設定ファイルの書き換え、予測モデルを生成するプログラムを手動で実行するなど、作業は多岐に渡る。

上野氏も「複数の予測モデルを迅速に開発し、継続的に運用するには、『データ抽出→前処理→学習→予測→評価』の一連のプロセスを自動化したいと考えていました」と言う。

MLOpsの概念から読み解き
検索サイトのドキュメントから見いだす

今回のプロジェクトでもっとも重要だったプロセスの1つが、MLOpsの概念の習得と、実装に向けた具体像の策定だ。

中林氏は「当時はMLOpsを抽象的に捉えていたと思います。『課題解決にはMLOpsが必要』という確信はありましたが、具体的にどう実装すればよいかは『試行錯誤しながら結果を出そう』と考えていました」と振り返る。

中林氏は2019年ごろにMLOpsに興味を示し、講演会などでも「機械学習モデルを業務システムに組み込んでビジネス活用することが重要」と発言してきた。一方、エクサウィザーズの毛利拓也は、IT系コンサルティング会社で基幹系システムの運用を担当した後に機械学習を学んだこともあり、2020年ごろからMLOpsを独学で学んでいた。「当時は米グーグルが公開するドキュメントしかMLOpsを学べるものがなく、繰り返し読み込みました。その中からわかってきたのが、MLOpsはステップを踏んでレベルを上げていくもの、そして開発と運用のシステムを全く同じ環境にするということでした」(毛利)

この2人が出会ったのが、2020年6月。そこからプロジェクトが一気に進んだ。

コードの“再生”に四苦八苦
前処理作業の自動化で精度改善サイクルが10倍以上に

導入も一筋縄ではいかなかった。システムを1から作るのではなく、既存のものを移行させる必要があったからだ。そしてMLOpsを導入するということは、その運用を任せていたベンダーから、基本的にヤマト運輸での内製に移行するということを意味している。

「エクサウィザーズに支援してもらい内製化しましたが、自分たちでも試行錯誤しながら機械学習モデルの精度改善に取り組み、ビジネスの効果を出す必要があります」(中林氏)

予測に対して実績が「下振れ」と「上振れ」では対応が異なる。例えば、上振れ=荷物が多いケースでは頑張れば目標達成できるが、下振れした場合には経営リソースが余り、赤字になってしまう。つまり「下振れ」と「上振れ」両方のインパクトを考慮し、経営リソースを最適配置する必要があったのだ。

毛利が現場の技術的な観点で付け加えるのが、従来からあるコードとの格闘と再生だ。「一般に機械学習モデルを開発するデータサイエンティストは、システムエンジニアリングのプログラミング能力が高くありません。例えば、途中で処理が止まった場合に、原因を究明できるようにログを出力するようなことはほとんど考慮していません」(毛利)

プロジェクトでまず取り掛かったのは、ソースコードの改修である。具体的にはソースコードの処理ログ、異常時のエラーハンドリング、実行結果の自動通知を追加し、システムエラーが発生しても早期のトラブルシュートが可能になった。
平行して、「コンテナ」と呼ぶ実行環境で運用しやすいよう、ソースコードの処理単位や実行パラメータを整理し、機械学習パイプラインの自動実行ができる環境を構築していった。ここでのコンテナは動作環境を仮想化する技術で、プログラムを様々な環境で開発・実行できるというメリットがあるものだ。

ここがプロジェクトの山場でもあったという。

経営層もMLOpsのメリットを理解
現場は機械学習の効果に気づき

「MLOpsはお手本になるものが世の中、特に日本にはありませんでした。そうした状況下で、経営層や社内の反応はどうだったのでしょうか」

エクサウィザーズの河井が中林氏に質問した。

中林氏は「当社の経営層はMLOpsの詳細な仕組みを理解していなくても、どのようなビジネスメリットを享受できるのかは理解しています。MLOpsの導入に否定的な声は一切ありませんでした」と言う。

現場の観点で上野氏は、「MLOpsはデジタルの世界では注目されていますが、ビジネスの現場では導入が始まったばかりです。現在、ヤマト運輸ではエクサウィザーズの支援により安定運用ができつつあります。そして、現場では『機械学習を活用すればこんなことができるのか』という気づきが徐々に広がっています」と説明する。

今後、分析精度が向上するにつれ、さらにデータ・ドリブン経営の威力が実感できるようになり、現場の意識がどのように変化するのかも興味深いところである。

ビジネス視点で機械学習を捉えるエクサウィザーズ

では、そもそもヤマト運輸がエクサウィザーズに声をかけたのはどのような経緯からなのだろうか。中林氏は、長年IT業界で活躍し、データサイエンティストとして数々の企業のデータ活用を支援する中で、エクサウィザーズの代表取締役社長である石山洸と面識があった。

中林氏は、「石山さんはAIや機械学習を技術視点ではなく『ビジネスを改革・改善するためにはどのように技術を活用するか』という視点を持っていたため、一緒にプロジェクトに取り組みたいと考えました」と振り返る。

河井は「AIベンチャーは、エンジニアやデータサイエンティスト集団であることが多いです。エクサウィザーズはそれらに加え、製造業や金融、製薬業界、官公庁など、さまざまな業種・業界のドメイン知識のビジネスやサービスの視点を有したコンサルティングにも強い社員、特に経営層であるCxOの経営課題を高次元で解決する能力に長けたBizDevのチームを擁しています」とエクサウィザーズのメンバーの特徴を説明する。


今回のプロジェクトに携わった、エクサウィザーズの毛利(左)、同・河井

また、今回の担当のAIコンサルタントである毛利は「我々は機械学習モデルを『製品』というよりも『サービス』として提供するというスタンスです。導入されるお客様の使い勝手にもこだわり、UI(ユーザーインターフェース)の改良を重ねています」と言う

そして毛利のもう一つの武器はシステム運用のノウハウを持っているところだ。そこから機械学習を学び、MLOpsのノウハウをマスターした。この点が今回の案件に大きく寄与した。

以前の契約会社は「機械学習モデルを納品して終わり」というスタンスで、本番運用のエンジニアリングはヤマト運輸側の作業になっていたという。しかし、「我々だけで機械学習の予測モデルを継続的に運用するのは困難です。エクサウィザーズは本番運用まで含めた導入支援だけでなく、業務改革とその効果までフォローしてくれ、とても助かっています」と中林氏は評価する。

機械学習のモデル運用が安定し、月次運用が高速化

現時点で見えてきている効果は大きく2つある。1つ目はMLOpsによる日々の機械学習プロセスの自動化の定着とそれによる高速化である。

「機械学習モデルの運用が安定すると同時に、月次の運用が高速化しました。その結果、運用スケジュールに余裕が生まれただけでなく、運用工数の大幅削減も実現しました」(中林氏)

2つ目は機械学習プロセスの高速化による、精度改善の加速である。機械学習の運用でデータサイエンティストが最も時間を割かれるのは、データの前処理作業である。今回のMLOpsの導入で、この前処理作業が自動化された。

上野氏は「以前は月次で1回しかできなかった精度改善のサイクルが、MLOps導入以降は1カ月に10回以上のサイクルでできるようになりました。どのような条件が一番よかったのかを把握したうえで、継続的にモデル開発ができています。精度改善は試行錯誤中ですが、サイクルが上げられたメリットは大きいと感じています」と評価を語る。

機械学習モデルを量産し、動画の分析も

中林氏は言う。「『YAMATO NEXT100』では営業利益率6%の確保を明言していますが、経営リソースの最適配置なしには達成できません。つまり、MLOpsの運用環境をきちんと構築できれば、6%は達成できると考えています。その仮説を基に導入を推進しています」


出所:ヤマトホールディングス2022年3月期決算説明資料(2022年4月30日発表)

実際、荷物の取扱量が増える中、1個当たりの輸送・作業コストは低下しており、営業利益率は2020年3月期の約3%から、2021年3月期は5.4%まで引き上げている。

MLOpsは、ブラッシュアップを続け、予測モデル開発の生産性を向上するサイクルを構築していく考えだ。「活用し続けることでナレッジが蓄積され、機械学習モデルが量産できるようになると期待しています」(中林氏)

画像や動画データの分析にも乗り出している。現在、4万台の配送トラックにドライブレコーダーを搭載し、加速度が急変した前後15秒のデータを取得できるようにしているという。こうしたデータを活用し、運動解析(モーションキャプチャ)のような高度な分析も視野に入れている。

エクサウィザーズとヤマト運輸は、前例のない世界でMLOpsを一から作り上げ、安定的な運用を実現した。これにより、経営層はより経営にフォーカスし、セールスドライバーはよりお客様と向き合うといった本質的な業務に集中できる環境の基盤が完成した。MLOpsは安定的に回せば回すほど、複利の効果が得られる仕組みである。今後のさらなる経営への浸透と成果が期待できる。

中林氏は「データ分析が企業の業績を大きく左右する状況では、スモールスタートでも短期間で成果を出す『Quick Win』のアプローチが重要であり、MLOpsはそれを具現化できるものだと考えています。今後はMLOpsをデータ・ドリブン経営の象徴として根付せていきたいです」と力強く語る。

Member

  • 毛利拓也
    毛利拓也
    株式会社エクサウィザーズ
    AIプラットフォーム事業部
    イノベーションアーキテクチャ部
  • 河井浩一
    河井浩一
    株式会社エクサウィザーズ
    執行役員・社長室長
※記事中の役職名は取材当時のもの
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