中国電力✖️エクサウィザーズ
AIにより水力発電所の発電計画を最適化、CO2削減にも寄与
中国電力株式会社
中国地方における発電、小売電気事業を手掛けるエネルギー企業である。ダムを用いた水力発電所は37箇所保有している。広島市に本社を置いており、従業員数は4564人。2022年度の売上高は1兆6946億円。
概要
overview
中国電力はクリーンエネルギーとして期待される一部の水力発電所の発電計画を、AIを活用することで最適化した。電力需要も考慮することでCO2の削減も実現した。AIによる発電計画の最適化では、新人でもベテランと同様の発電計画が可能となり、技術継承の支援にもつながる。
課題
従来、ダム周辺の河川流域の降水量の簡易な予測手法を利用していたが、実際の水の流入量とはズレがあった。このため日や時間ごとの電力需要を考慮した細やかな発電計画を立てるのが難しかった。
解決
AIの活用で(1)ダムに流入する水量の予測、(2)電力需要を基にした10日程度先と翌日の30分ごとの発電計画の策定が可能になった。結果として、水を無駄なく貯めたうえで稼働率を高めることが可能となり、CO2の削減も実現した。
事例の紹介
「AIには、ダムの水が空になって発電ができなくなるのではという恐怖心がない。降雨による流入が期待できれば思い切って発電して水位を下げるなど、刻々と変わるデータを活用して発電計画の最適化を追求する」
中国電力 エネルギア総合研究所 土木グループ主席研究員の河内友一マネージャーは、2023年夏から本格的に運用を始めた水力発電所の発電計画を担うAIの特性をこう語る。河内マネージャーは、水力発電所の開発が長く研究所にも所属しながら、長年水力発電に関わってきたエキスパートであり、AI活用の可能性を見出した。
写真 中国電力のエネルギア総合研究所 河内友一マネージャー(右)、電源事業本部の里石正和副長(左)
一方の中国電力の電源事業本部 水力制御所里石正和副長は、豊富な制御所での業務経験の中で、河川流域に点在する水力発電所の発電計画をコントロールすることの重要性と面白さを発見した。「川の種類によって降水からダムへの到達までの速度が異なる。これまでの経験から水系図を見ただけで、降雨の状況でどのように発電計画を作るべきか頭に入っている」と言う。
こうした水力発電とダムのエキスパートである里石副長でさえ「AIによる発電計画は、もはや人間にできない領域にまで達している」と舌を巻く。
流域降雨量からダム流入量の予測へ
水力発電は自然を最大限活用するエネルギー源である。流域の川から集めた水をダムに貯めておき、電力が必要になった時にダムから水力発電所までの落差を利用して発電する。燃料が必要な火力などに比べて、環境負荷が極めて低い発電手段である。一方で降雨というまさに自然が相手となり、天気予報が変わることもある。
水力の発電計画は常に先を読むことが求められる。例えば、十分な降雨が期待できる場合、あらかじめ発電を実施してダムの水位をできる限り下げておく必要がある。そうしないとダムの容量を超えてしまい、貯めずに下流に流さざるを得ないことがある。この発電の機会を逃した水の電力量を「溢水電力量」と呼ぶ。
図 水力発電で予測や策定が必要な要素(出所:エクサウィザーズ)
今回、AIを活用することで、10日間程度の先までダムに流入する水の量を高精度で予測することが可能となった。従来は川の流域にもたらす降雨量を予測していたが、地形や地質によってダムへの流入量が異なる。「同じ降水量でも、これまで雨が降っていた場合とそうでない場合で、ダムに入ってくる水の量やタイミングが異なる」(河内マネージャー)といった課題もあった。
水力発電量が増え1400トンのCO2を削減
図 今回の実証を行った中国電力の佐々並川ダム(山口県、提供:中国電力)
AIがダムに実際入ってくる水量を高精度に予測できることから、それらを期待してAIが思い切った発電計画を立案して実行できるようになった。さらに電力の需給も考慮する。ダムは水を流して発電することで数日間かけて水位を下げるが、需要の高い日や時間帯に集中的に発電を行うのだ。従来は基本的に毎日同じ量を発電していたが、新しい手法では30分単位での電力需要の予測から最適な発電を行う。
中国電力の里石副長は「AIを水力発電に導入すると聞いて驚いたが、実際に活用してみるとメリハリのある発電計画を立てることができ、結果もよかった」と評価する。
このように水力発電をフル活用することで、火力などより環境負荷の高い発電手段を使わずに済む。 2022年度にかけて約1年間実施した試運用では山口県の佐々並川ダムにおいて年間約600万m3(240万kWhに相当)のダム越流量を削減することで、水力の発電量の増加から1400トンのCO2削減効果があった。この1400トンのCO2削減効果は、世帯当たりの年間CO2排出量で、約770世帯(環境省の「令和3年度家庭部門のCO2排出実態統計調査結果の概要」のエネルギー種 電気を適用)に相当する。
電力需要の高い時間帯に発電することから、数%程度の収入上昇にも寄与する公算だ。今回、運用を開始した2つのダムで年数千万円オーダーの効果が見込まれるという。
新旧AIと数理最適化の組み合わせて実現
中国電力は2019年ごろから水力発電でのAI活用の検討を始め、エクサウィザーズとの本格的な開発が始まった。中国電力のダム技術者と、エクサウィザーズのAIコンサルタント、機械学習エンジニアなどが協力。それまで暗黙知となっていた水力の発電計画に係る様々なノウハウを形式知にし、発電計画システムのAIモデルに組み込んだ。
当初からプロジェクトを率いてきたAI Engineering統括部の長谷川大貴は電力業界出身のAIコンサルタントである。「中国電力の方々は、元から様々な事象を把握可能な数式に落とし込んでいたので、AIによる予測についても良し悪しをすぐに判断いただけた。このため現場の明文化されていないようなノウハウのAIへの落とし込みもスムーズに進めることができた」と振り返る。
エクサウィザーズ 技術統括部 数理最適化グループ エンジニア 石丸 裕吾(左)、同AI Engineering統括部の長谷川 大貴
エクサウィザーズから機械学習エンジニアとして先頭に立ったのは、離散最適化と呼ぶ数理最適化を専門とする石丸 裕吾だ。エクサウィザーズでは電力会社の発電計画や蓄電池運用の最適化、物流・飲食業のシフト最適化など多数の最適化案件に従事してきた。
数理最適化は制限のある条件下で最適解を導き出す手法である。スマートフォンの地図アプリの経路検索であればどこを通れば一番早く着くのかといった課題を解くために使われるものだ。今回のプロジェクトでは、目標の水位に到達するため、日々どの時間帯にどの程度発電していくべきかを計画するのかが重要なポイントだった。従来は電力の需要を考慮しなかったのもあり、毎日同じ量を発電して調整していた。
図 AIを活用した水力発電所の発電計画例。右上のグラフのように目標の貯水量に調整する際に、電力需要を考慮しながら発電量を変える(出所:中国電力プレスリリース)
構造化と数理最適化のチームで連携し実現
こうした複雑な条件を解いていくのは、エクサウィザーズが得意とするところである。
今後何日間でどの程度の水が流入してくるのかは、エクサウィザーズの構造化チームが作った機械学習モデルを活用して予測。この結果をもとに数理最適化のチームに属する石丸が、電力需要を考慮して最適な発電計画を割り出すシステムを開発した。
中国電力の河内マネージャーは「一口にAIと言っても、ディープラーニングもあれば、従来のものもある。あらかじめロジックを組むものもあれば、学習結果から推論するものもある。エクサウィザーズは様々な手法を組み合わせ、手段よりも目的や結果を重視して実現していただいた」と言う。
課題となったのが、扱う条件の複雑さと実際の設備への適用だ。AIが効率の最大化のためにこまめな発電計画を提案してきたとしても、30分などの単位で発電をオン・オフするような運転は難しい。ダムの水位によって発電効率が違ってくるし、川から水が連続的に入ってくることもあれば、時々しか流れてこないこともある。こういった各種の制約条件も考慮しなくてはいけない。
石丸は「今回の案件もディープラーニングなどのAIと数理最適化を組み合わせることで解ける見通しはあったが、実際の現場の運用で成果を出せるかどうかは大きなプレッシャーだった」と打ち明ける。
重視したのが、現実解の導出だ。まず今回のような複雑な問題を、扱いやすいように単純化する「トイモデル」を活用した。石丸は「数理最適化のプロジェクトでは、問題の本質的な性質をとらえつつも、高速化や長期の予測のために単純化したモデルも活用していくことが欠かせない」と語る。さらに複雑な条件を優先度の高い場所から探索する「ビームサーチ」と呼ぶ手法を活用することにした。真の最適解ではないものの、十分な結果を現実的な時間で求めることができるからだ。
こうしたエクサウィザーズの取り組みについて中国電力の里石副長は「自然を相手に正解を求めるのが極めて難しい中、エクサウィザーズは各エンジニアとコンサルタントの方が連携して、人間を超えるAIシステムを実現してくれた」と評価する。
AIのメリットは技術伝承にも、自治体のダムへも横展開
今回のようなAIの採用は技術伝承の側面もある。今後、日本全国で団塊世代の退職が本格化するが、明文化されていないノウハウやスキルも少なくない。中国電力はこうした近い将来の課題も見据えて、AIの検討と導入を決断した側面がある。
里石副長は、「今回のようなAIの支援によって10年単位で獲得するようなノウハウを自動化することができ、新たに水力制御所の業務に携わる社員でも水力の発電計画を任せられるようになる」と期待する。
もっともこれまで以上に人の役割も重要となる。「現場を理解し、結果がどうなるのかが分かる人がいないとAIを育てることができない。そして、豪雨などの緊急時に対応する必要もある」(河内マネージャー)
エクサウィザーズ 産業イノベーション事業統括部 Energy Tech部 Energy Techグループの戸室 磨里乃
中国電力管内にはダムを用いた水力発電所が40箇所弱あり、可能な場所から今回のAIシステムの適用を検討していく。また、自治体などが運営するダムを用いた水力発電所にも適用が可能だ。エネルギー業界出身でエクサウィザーズで同業界を担当するAIコンサルタントである戸室磨里乃は、「今回の案件を基に水力の稼働比率をあげることがCO2削減につながることを浸透させ、様々な場所に横展開していきたい。自治体系の水力発電を担当する複数の事業者からも、具体的な質問をいただいている」と話す。
中国電力の2つのダムでは、試行において年間の発電計画の2割程度にAIを利用しており、最終的には5割程度まで引き上げていく予定だ。今後に対しても、「現在の予測に加えて、我々がこうしたいといった発電計画方法も学んでほしい」(里石副長)、「新たなデータを取り込んで当日でも発電計画を変更したり、水系全体や年間の貯水池使用計画の最適化にもチャレンジしたい」(河内マネージャー」と、期待は高まるばかりだ。
水力発電所におけるAI活用は、グリーントラスフォーメーションと人手不足、技術継承という日本の抱える複数の課題を同時に解決していく。エクサウィザーズの戸室は「今回、環境問題への対処と具体的な効果を示すことができた。水力での横展開と、他の発電手段への横展開で、日本の課題に挑戦していきたい」と力を込める。
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石丸 裕吾株式会社エクサウィザーズ
技術統括部 数理最適化グループ エンジニア -
長谷川 大貴株式会社エクサウィザーズ
AI Engineering統括部 -
戸室 磨里乃株式会社エクサウィザーズ
産業イノベーション事業統括部 Energy Tech部 Energy Techグループ